want the moon
月明かりを頼りに家路を急ぐ。小さな街灯がぽつりぽつりと家の屋根を照らしている。時刻はとうに11時を過ぎていた。
中忍選抜試験の準備の為、アカデミー勤務のイルカも連日残業を強いられ正直身体が辛い。
角を曲がると古びた2階建てのアパートが目に留まる。2階の角部屋がイルカの部屋だ。首をくきくきと動かしながら、やれやれやっと休めるとイルカは肩を揉んで階段に足をかけた。
かちり。
鍵を開け、電灯のスイッチを手探りで押す。
真っ暗な部屋が一瞬で明るくなり、部屋の様子が目に入る。
「お帰りなさ~い。イルカ先生」
「……………カカシ先生、何でウチに居るんですか……」
部屋の奥にはベッドがあり、何故だかそこに里の誉れと謳われる上忍カカシが寝そべっていた。
確か出かける時に鍵は掛けたはずだ。と思ったが上忍のカカシには鍵など掛けてあろうが関係ないのかもしれない。
だが、留守宅に勝手に上がり込むという行為が、忍びの里であっても非常識であることは疑いようもない事実だ。
常識を無視した男は勝手に部屋の中にあがりこんだだけでは飽き足らず、勝手に寝床へ潜り込み、自分がこの部屋の主かのように寛いでいたようだった。
もしかしたら寝ていたのかもしれない。
そんな考えを肯定するかのように起き上ったカカシはがりがりと頭をかいて大きく伸びをして欠伸をする。
「いや~。暇だったから、イルカ先生とお話でもしようと思って待ってたんですよ~」
でも、うっかり寝てしまいました。と悪びれた様子もなく答えるカカシにイルカは大きく息を吐いた。
部屋まで押し掛けてくるほど親しい間柄ではなかったと思うんだがな、と思ったがそれは口に出さずに飲み込んだ。
既に何度か同じような理由でイルカ宅に押し掛けて来る男に何を言っても無駄な気がする。
それにカカシは飄々として得体のしれない男だが、元教え子達の教官で中忍の自分より階級が上の上忍だ。怒鳴りたいところをぐっと堪えてイルカは当たり障りのない言葉を選んで声をかけた。
「お茶でも入れましょうか?」
「あ、お構いなく~」
軽く嫌味も込めての問いかけだったのだが、一向に気にした様子がない。ベッドから降りてくれたのは嬉しいが、勧めた訳でもないのにイルカ愛用の座布団の上に座り込んで寛いでいた。ある意味尊敬の念も抱くほどふてぶてしく自由な上忍様だ。
イルカはジャケットを脱ぐと無言で台所へ引っ込んだ。
ヤカンに水を汲み、コンロに火をつけ流し台の下にしゃがみ込んでごそごそと置いてあった段ボール箱の中を漁る。
「食事は?どうしますか?」
「えっ、イルカ先生作ってくれるんですか?」
「いいえ、これです」
嬉しそうな顔をしたカカシの眼前にズイっとカップラーメンを渡す。
「…身体に良くないですよ」
眉を顰めたカカシは大袈裟に溜息を吐いてとても常識的なことをつぶやいた。
アンタが言うかそれを。
「男の一人暮らしなんてこんなもんです。カカシ先生だってそうでしょ?」
「……う~ん。ま、そうですねぇ」
なにやら意味深な顔で頷き笑みを浮かべる。
普段、口布や額当てで顔の殆どが覆われているので分からないが、カカシはかなり整った顔をしている。
さぞかし女にモテルのだろう。噂もいろいろと耳にする。自分の凡庸とした顔と比べ、一人寂しく自室でラーメンなんて食べたことなどないのだろうな、とイルカはこっそり溜息を吐いて眉間にしわを寄せた。
カップラーメンのフタを開け、湯を注ぐと辺りにふんわりと化学調味料の匂いがたち込める。途端に空腹感が湧き上がり、イルカは着替えるためにいそいそとアンダーシャツを脱いだ。
「いや~。いい脱ぎっぷりですね」
ラーメンに気を取られ、カカシの存在をうっかり忘れかけていた。
「あっと、すいません。みっともないところを…」
「いやいや、お気になさらず。どうぞ?着替えて下さい」
「…はぁ」
脱いだアンダーを着なおすのも変だったので、イルカはタンスから引っ張り出したTシャツを手早く羽織る。
「うわっ!」
振り返るといつの間にか背後にカカシが立っていた。
いくら相手が上忍とはいえ、簡単に背中を取られるのはどうなんだろうか。これが実力の差なのだろうかと考え少し凹む。
「?…何ですか?」
並ぶとカカシの方が僅かに背が高いので、見上げる形になる。
不躾な視線に怯んだイルカが顎を引くと、何が楽しいのかカカシはにっこりと弓なりに目を細めてイルカの腹筋を撫でた。
「うひゃあっ!」
「センセ、結構いい身体してますねぇ」
「そ、そうですか?」
いきなり何をするんだ、この人は。
「うん。もっと太ってるのかと思った」
「…カカシ先生、ちょっと失礼ですよ」
「ははっ、ごめ~んね?」
全然、悪くなさそうな口調で謝罪されても嬉しくない。
「あ、もうカップ麺いいんじゃないですか~?」
じろりと睨んで見せてもカカシは暢気に笑うだけだ。イルカの肩に顎を載せると、早く食べましょうと言って背中を押した。
「男二人がカップ麺すする姿は、何だか侘しいですねぇ」
のんびりと喋るカカシへ確かに、とイルカも同意する。
一人で食べるのも侘しいけれど、深夜に男二人が顔を付き合わせてカップ麺をすすってる姿もどうかと思う。
これが気のおけない友人同士なら、まだこの状態を笑い飛ばせたのに。
ふと自分とカカシの関係は何なのかと疑問が浮かぶ。
友人でもない、かと言って上司と部下という間柄でもない。
目の前の男は何故、楽しそうな顔で自分に会いに来るのだろうか。
「カカシ先生…」
「はい。なんでしょう」
「何故、うちに来るんですか?」
ものすごく今更な質問だ。
「迷惑ですか?」
「えっ、いや、そんな事は…ない、です」
結局、強く拒絶出来ない自分が悪いんだろうなぁ、とイルカは何度目か分からない溜息をスープと共に飲み込む。その様子をカカシは目を細めて眺める。
「……ここは、凄く落ち着くんですよ。でも、迷惑ならもう来ません」
「やっ、迷惑なんてそんな」
「じゃあ、また来てもいいですか?」
「ええ、まあ…」
釈然としない顔で頷くイルカにカカシはニコニコと笑顔を向ける。
「それじゃ、そろそろおいとまします」
「あ、なんのお構いもしなくてすみません」
「いえいえ、カップ麺ごちそうさまでした」
立ちあがり、窓を開けるとカカシは窓枠に足をかけた。
「ちょ、ちょっと!窓から帰るんですか?」
「ええ。駄目ですか?」
きょとんとした顔で振り向く男にイルカは慌てて叫ぶ。
「非常識ですよ!玄関から帰って下さい!」
何故、そんな不思議そうな顔をされなきゃならないのか。理不尽なものを感じる。上忍とは一般常識が抜け落ちているのだろうか。
「イルカ先生ってば堅いなぁ」
「うちに来るなら玄関から出入りして下さい!」
「あっ、イルカ先生!」
「えっ?」
声に驚き聞き返すイルカの頬をカカシがぺろりと舐める。
瞬間、何をされたか分からずイルカは動きを止めた。
「ラーメンの汁、ついてましたよ」
ニッコリ笑うカカシの顔を呆然と見つめていたイルカは、慌てて頬を押さえて飛び退く。
「なっ、なにをっ!」
「それじゃあ、また明日」
ひらひらと手を振り、カカシはするりと窓の外へ身体を移動させる。
「えっ!ちょっと!」
急いで外を見渡すがカカシの姿どころか気配も消えていた。
こそりとも音を立てずに姿を消した男に、イルカはがっくりと肩を落とす。
「何しに来たんだ。あの人は…」
結局、カカシは何一つイルカの言うことを聞かずに帰ってしまった。
あの男は自分をからかう為だけに、うちへ足を運んでるのではないかと思えてきた。
否、間違いなくその為に来ているのだ。
不貞腐れて床に寝転がるとカップ麺の容器が目にとまる。
「迷惑だって言ったらどうなったんだ…」
呟いてみるものの、そんなこと言えるはずもない。
言えば蜘蛛の糸のように細い繋がりは、カカシの手によってあっさりと断ち切られてしまうだろう。
容易に想像できる今の関係は、なんて脆いものなのか。
(くそっ…こんなはずじゃなかったのに)
気がつけば細く繋がった糸を握りしめているのはイルカの方だった。カカシはただ眺めているだけ。
「…次来たら、覚えてろよ…」
もっと此処に居たいと縋るまで、この部屋に馴染めばいい。
もっとイルカの傍に居たいと望めばいい。
「さて、風呂に入るか」
赤くなった頬を擦りながら、イルカは明日のことを考え風呂場へ向かった。
終
実は9年前に初めて書いたカカイルを修正したもの。
でも、ほぼ書きなおしです。
何が言いたかったのか自分でもさっぱり分からない(笑)
- 2009/05/30 (土) 17:26
- 短編