綺麗な人ほど要注意
「死にたい…」
思わずぽろっと零れ落ちた言葉を取り消す前に、男の白い手が宥めるようにイルカの肩を抱いて引き寄せる。
「駄目ですよ、イルカ先生。そんなこと、軽はずみに言わないで下さい…」
「…カ、カカシ先生…」
泣き過ぎて腫れぼったい瞼を抉じ開け、ガチガチに身体を強張らせたままイルカは自分の肩を抱くカカシを見上げる。
綺麗な眉を悲しげに歪ませてカカシはイルカを見た。白皙の美貌とはこういうものかと思わせるほどカカシは整った容貌をしている。思わず見惚れてしまった事実に、イルカは悔しくて唇を噛み締める。
そもそもイルカが死にたくなったのもカカシが原因なのだ。
しかし、色々と文句とか苦情とか呪いの言葉とか言いたい相手ではあったが、戦歴も素晴らしく仲間を大切にする点では尊敬できる上忍だった。
昨日までの任務で死者こそ出なかったが、負傷者が多く出たと聞く。増援が間に合わなかったら、確実に死亡者が出ただろう。
憎らしい相手とはいえ、さすがに失言だったかと思ったが、謝罪の気持ちは次に言ったカカシの台詞で綺麗に霧散した。
「だって、死んじゃったら、もうイルカ先生とエッチ出来なくなるでしょ?」
そこかーっっ!!!!
「もうしたでしょ!散々っ!嫌だって言ったのにっ!!滅茶苦茶にっっ!!!」
ベッドに寝っ転がったまま身体を捩って怒鳴るのは、己の身体にかなりの負担を強いたが、文句の一つや二つ、それこそあらん限りの罵詈雑言を浴びせてやらねば気が治まらなかった。
何しろイルカは今現在、イルカの身体にぴったりと張り付いている男、はたけカカシに強姦されたのだから。
しかし、テンパってるイルカの心理状態では、言いたいことの百万分の一も言葉にすることが出来なかった。
自分の語彙の少なさとあらぬところから感じる痛みに歯噛みをする。
歯を食いしばったままギッとカカシを睨みつけると、当のカカシはそれこそとろけそうな笑顔を浮かべてイルカの頬にちゅうっと吸いついた。
「ぎゃーっっ!!!!なっ、なにすんですかっっ!!!」
「ごめ~んね。無理させちゃったね」
なでなでと背中を撫でさするカカシの身体を両手で引き剥がそうと踏ん張るが、逆にがっちりと抱き締められてぐえっと蛙が潰れたような声が出る。
「アンタが涙目で『お帰りなさい』なんて言うから我慢出来なくなっちゃったんです」
「…………」
それは大いなる誤解だ。
カカシが部隊長として参加した作戦の中にイルカの元教え子がいた。中忍になって直ぐに参加した任務が過酷なものとなったとなれば、心配するのも道理だろう。
色々な情報が錯綜した中、無事に全員帰還を果たしたと聞いて、ほっと安心して涙ぐんでいた時にばったりカカシと出会った。
『カカシ先生、お帰りなさい。ご無事で何よりでした』
イルカは確かにこう言った。
しかし、これは帰還した相手に対してなら当然誰もが言うべき言葉だろう。
色めいたものはこれっぽちも含まれていない。
イルカは至ってノーマルな男だったし、カカシとは親しいと言えるほどの付き合いはなかったはずだ。飲みにだって年に一回あるアカデミーの懇親会に行ったぐらいである。
くたびれた様子で歩いて来たカカシにイルカは里の仲間として労わりの言葉を伝えた。
只、それだけなのだ。
だが、その途端、カカシは大きく目を見開き、がしっとイルカの身体を掴むと素早く肩に担いで見知らぬ部屋に連れ込んだかと思うとベッドに転がした。
後はもう泣こうが喚こうが蹴り付けようが解放されず、文字通りどろどろのぐちゃぐちゃにされて今に至る。
「だって、すっごく可愛い顔してたんですよ」
「アンタの目は節穴かっ!!」
「やだなぁ。俺は写輪眼持ちですよ~。節穴な訳ないでしょ」
会った時には額当てで隠してただろうが!というツッコミは唇を塞がれ未遂に終わった。
「んん~~~っ!!…っ…やめっ!」
ぷはっと息継ぎ、やっと離れた唇を手のひらで押し退けると、カカシがぎゅっと抱き付いて来た。
「もう駄目かなあ~と思った時、ずっとアンタのことばかり考えて後悔していました」
「…え?」
「もっと会いに行けば良かったとか、飲みに誘っておけば良かったとか、ね…」
「カカシ先生…」
「このままじゃあ、死んでも死にきれないと思って頑張りました」
にっこりと微笑まれ、何も言えなくなる。
今は内勤だが、元戦忍だったイルカにも覚えのある気持ちだ。
「…カカシ先生」
強姦は許せないが、話し合えばもしかしたら飲み友達ぐらいにはなれるのではないか。イルカは自分でも甘いなぁと思いながら、おずおずとカカシの肩に指を伸ばす。
「だからね。イルカ先生」
「えっ!?」
両手でがっしりと尻を掴まれ、太腿に硬いモノが押しつけられる。
「これからは我慢しないでガンガン攻めますから、覚悟してね」
「ひぃっっ!!!」
穏やかな口調とは裏腹に、カカシの両目はギラギラと獰猛な光を湛え、舌舐めずりしながらイルカに迫る。
結局、逃げそびれたイルカは、再びカカシに美味しくいただかれてしまった。
その後、少しでもカカシに同情したことを心底後悔したが、残念なことに爛れた関係は現在進行形で続いており、何を言ってもあとの祭りだった。
終わる
【ちょっと危険な恋愛10のお題】より
「06 綺麗な人ほど要注意」
サイト名:月の咲く空
URL: http://eternalmoonsky.nobody.jp/
- 2009/07/08 (水) 18:50
- 短編