その笑顔は反則 1
 恋はするものではなく、落ちるものだ。
 そう最初に言ったのは誰だっただろうか。
 待機所で耳にしたその言葉が、カカシの心のどこかで微かに引っかかった。
 馬鹿らしい、と思ったのはそれほど昔のことではない。
「イルカ先生…」
 名を呼び、はっと吐いた息が熱い。
 引っかかったまま忘れていた言の葉が、記憶の奥底から浮かび上がる。
 陳腐な言葉だ。
 だが、真理でもある。
 気付けばカカシは転がり落ちていた。
 酒の席で先生と呼ぶのはやめて欲しいと頼んだら、最初は困惑した様子で言い淀んでいたイルカだったが、何度か催促すると照れたような困ったような、言葉にするにはちょっと複雑な表情で「カカシさん」と呼んだ。その後でイルカからはにかむように笑みを向けられ、カカシはうわぁと思った。
 何がうわぁなのか自分でも良く分からなかったが、胸の奥がむずむずして何かがこみ上げて来るような何とも言えない気持がした。
 それは決して不快なものではなかったし、むしろもう一度呼んで笑ってくれないだろうかと願ったくらいだ。
 イルカと別れて自宅で一人になってから、ベッドに転がってイルカの笑顔を何度も反芻した。
 こんな経験は初めてのことだ。
 20代も半ばを過ぎた男が、同じ男の笑顔を思い浮かべてぼうっとしているなど、どう考えてもおかしい。
 目を閉じると横に並んだ時に見えたイルカの項と、思っていたよりも細い手首と腰が鮮明に浮かぶ。
『カカシさん』
 柔らかなイルカの声が脳裡に再生される。
 赤く火照った頬に濡れた唇。はにかむイルカ。
 まずい。
 俺はおかしいんじゃないか。
 ぐぐっと下肢に熱が集中するのが分かり、予想外な己の身体の反応にカカシは眉をしかめて逡巡したが、直ぐに観念して硬くなったそれに手を添えた。
 理性ではおかしいと理解しているのに、やめようとは思わなかった。否、やめられなかったと言うべきか。
 自慰など久しぶりだ。
 色事に関することは一通り体験していたし、恋人と呼べる存在がいたこともある。相手にこと欠かなかったため、自慰などする必要もなかった。
 気持ち良いことなど沢山して来たはずなのに、想像の中でイルカを穢す行為は、それまで経験したどの行為よりも気持ちが良かった。
 ああ、そうか。
 その時、カカシは自覚した。
 俺はイルカが好きなんだ、――と。
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- 2009/07/15 (水) 21:48
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