その笑顔は反則 2
 うみのイルカの名前を知ったのは、三代目から上忍師の要請があった時だ。
 それまでにも何度か要請はあったが、カカシの眼鏡にかなう子供達が出なかったので保留になったままだった。
 ナルトを担当するように言われ、もうそんな年頃になったのかと驚き、ナルトの卒業に関わる一連の騒動を聞かされる。
 ナルトを庇って怪我をしたアカデミー教師、それがイルカだった。
 その場ではへぇと相槌を打ったものの、あまり関心はなかった。三代目の話しぶりからうみのイルカという人物は、随分と気に入られているのだな、と思った程度だ。どちらかというとナルトの部屋に並んでいた賞味期限切れの牛乳のパックの方が気にかかった。ナルトはどういう食生活をしているんだか不安になる。まあ、そこまで干渉するつもりはないが。
 イルカとは特に親しく付き合うつもりはなかったし、顔を合わすこともないだろう。そう考えていた。
「カカシ先生!」
 男にしては少し高めな、だが柔らかな声がカカシを呼んだ。
 子供達以外でそんな風にカカシを呼ぶ者はいない。
 持っていた本を閉じ、視線を声が聞こえた方角へ向けると、黒い髪を高い位置で括った男が駆け寄って来るところだった。
 鼻の上を横切るように一文字の傷がある。見覚えのない顔だ。
 呼び名の件は兎も角、カカシは名前や顔が売れている所為で、時折こうして見知らぬ人間が男女問わず声をかけてくる。今回もまたその類かとうんざりしたが、そうではなかった。
「初めまして。俺、じゃない…私は、アカデミーで教師をしているうみのイルカです!」
 息を整え黒い瞳をカカシへ向けて、はきはきと自己紹介をする男の顔をまじまじと見つめる。
「今更ですが、ナルト達のこと、よろしくお願いします!」
 そう言うなり勢い良くお辞儀をした男の髪がぴょこんと跳ねて揺れた。
「はあ…」
「それでは失礼します」
「えっ!?…ちょ、ちょっとイルカ先生?」
 踵を返してさっさと行こうとする男を慌てて呼びとめる。
「はい。何でしょうか?」
「あぁ…え~…と、…それを言うために?」
「はい!そうです!」
 溌剌と答えを返され、眩いほどの笑顔を向けられる。カカシは「はぁ、どうも」と言うしかなかった。
 何だか圧倒される。元気のいい人なんだなぁと考え、そういえばナルトを庇って怪我をしたんだっけ、と思い出す。
「怪我はもういいんですか?結構、酷い傷だったんでしょ?」
「…え?…あの、どうしてそれを…?」
 目を丸くして驚いたかと思うと、眉をひそめておずおずと訊ねて来る。ナルトの一件は緘口令が敷かれたので、イルカの怪我のことは一部の人間しか知らないはずだ。
 イルカは困ったようにカカシを見つめ、何かを言おうとして口を開き、何も言えずにきゅっと口を閉ざす。どう訊ねればいいのか悩んでいるようだ。
 何だか苛めているような気分になり、カカシは柄にもなく助け船を出す。
「三代目からナルトに関することは一通り聞いてます」
「あ、そうか!そうですよね!」
 ぱっと顔を上げて、顔を綻ばせる。
「もう平気です。頑丈なのが取り柄なんです。ご心配ありがとうございます」
 そう言って照れくさそうに笑い、イルカは鼻の頭を指先で掻く。
 顔に傷があり、骨格もしっかりしていて男らしい顔つきだ。しかし、笑うと愛嬌があって可愛らしい。
 いやいや、男相手に可愛いっておかしいでしょうに。
 内心で否定するもイルカのころころ変わる表情から、カカシは目が離せなくなっていた。
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- 2009/07/16 (木) 23:34
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