その笑顔は反則 3
あれから、イルカと親しくなったかというとそれほどでもなく、受付で顔を合わせれば世間話をする程度の関係でしかなかった。
変わったことと言えば、呼び方が『カカシ先生』から『カカシさん』になったことぐらいだ。
アカデミー主催の飲み会で首尾よくイルカの隣の席を陣取ったカカシは、さり気なくイルカの情報を収集しながら先生呼びをやめさせた。
それに関して言い訳をさせて貰うと、その時の話の流れで深く考えずに出たお願いだったのだが、イルカの”カカシさん”呼びは思っていたよりも攻撃性があり、カカシを甚く興奮させた。
その夜、イルカをおかずにして自慰に耽ったことは誰にも内緒だ。
イルカをそういう対象として見てしまったことに対して、初めこそうしろめたく気の迷いだったのではないかと疑ったカカシだったが、想いを自覚してしまえばあの一番最初の出会いから抱え込んでいた奇妙な執着心も納得がいく。
「イルカ先生、お疲れ様」
「あ、カカシさん。お疲れ様です」
待たされながらもカカシはイルカの座る窓口へ報告書を提出する。
「これ、お願いします」
「はい。確認します」
笑顔で報告書を受け取り、イルカはてきぱきと書類を片付けていく。行列に並ぶのもイルカと出会ってからのことだ。
この頃にはカカシがイルカに執着していることは、極一部ではあったが交流のある上忍達には知られていた。別に隠すつもりはなかったので放っておいたが、にやにやと笑って眺められるのは気分の良いものではない。
「はい。結構です。任務、お疲れ様でした」
受付で一言二言話し、笑顔でお疲れ様と言われると、じんわりと胸の奥が温かくなる。それと同時に妙な焦りも感じるようになっていた。
これも恋心を自覚してしまったが故だろうか。自分以外の人間に笑いかける姿を極力見ないようにしているが、想像するだけで胃の辺りがむかつきイライラする。最近ではナルトの話題で嬉しそうに笑うイルカを見るだけで苛立つ。自分の方で話を振っておきながらこれなんだから、かなり重症だ。
「…俺だけ見てくんないかねぇ」
ぽろっとそのことを漏らしたら、隣に座っていた同じ上忍師のくの一が、驚いた表情で振り返った。
カカシの顔を穴が開くのではないかと思うぐらい見つめて、「呆れた。子供みたいね」と笑われてしまった。
「ちょっと、紅。失礼じゃないの?」
「あら。カカシにそんな可愛いところがあるって安心したんだけど?」
憮然とした顔で――とはいえ、顔のほとんどは隠れているのだが――文句を言えば、そんなことをしれっとした態度で返された。
「男が可愛いなんて言われてもね…」
イルカに対する感想を棚上げして、カカシは言うんじゃなかったと溜息を吐いた。
カカシの周囲の人間はあからさまな応援こそしないものの、カカシのイルカに対する恋慕を歓迎している節がある。
数々の戦歴や功績、華やかな噂話とは裏腹に、カカシのこれまでの人生は孤独なものだった。人に執着することを知らぬ男が初めて執着した相手だ。男同士だとか階級の違いなどは大した問題ではない。ここは大人しく見守ってやろうという腹積もりらしい。何ともこそばゆい話だ。
里も平和だねぇ…。
カカシの胸の内で燻ぶるどす黒い想いを知られたら、果たして同じように見守ってくれるのだろうか。
そんなことを考えながらカカシはもう一度溜息を吐いた。
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- 2009/07/27 (月) 23:23
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