真夏の罠 2 (終)
「……っ、は…あ、……んぅ」
ぱたっとこめかみから耳元へ流れ落ちた汗が滴り、イルカは閉ざしたままだった瞼を薄く持ち上げる。
銀色に光るものが視界に入り、それが何か見極めようと目を眇めると、ぱらりと一房落ちてそれがカカシの髪だと知る。
前髪の隙間から覗くカカシの瞳が不意にイルカを捉えた。銀色の睫毛に縁取られた双眸がイルカを射抜くように見つめ、覆い被さって来たかと思うとイルカのこめかみに舌を這わせる。
「イルカせんせい…っ」
甘く掠れた声で名前を呼ばれ、イルカは息を飲む。
こんな風に名前を呼ばれたことなどなかった。
「カカシ先生…あの……んっ」
力の入らない手でカカシの腕を掴み、イルカは戸惑いがちにカカシへ声を掛けたが、カカシがイルカの首筋に噛みついたことで最後まで言葉を続けることが出来なくなった。
「あっ……やめ、…んんっ」
ぞくぞくと背筋を這い上る感覚に身体を震わせ、イルカは背を逸らす。
ゴツリと後頭部に堅いものが当たって視線を動かすと、茶色い木目が視界の端に映る。イルカはいつの間にか机の上に押し倒されていた。
身体をくねらせカカシの腕から逃れようとしたが、そうすることで逆にカカシの拘束が強まってしまった。
「駄目、逃げないで」
「カ、カカシせんせぇ…」
視線を動かし放してくれるよう懇願するが、カカシはそれを無視してイルカのベストに手を掛ける。
大きな掌が布地の上からイルカの身体を嬲って行き、イルカを翻弄する。
「乳首、立ってるね」
カカシは胸の尖りを布ごと摘まみ、ねろりと舌を這わせていやらしく笑った。
「やっ、…やめっ」
「可愛い…。感じてるの?」
「ひっ…」
カカシの掌が直接肌に触れてイルカは身体を強張らせる。長い指が下着の中に潜り込もうとしていた。
「く、…うぅ…っ……あっ…やだっ」
ぶるぶると足を震わせ、イルカはカカシの手を何とか押し退けようと頑張ったが、力の差は歴然としていて結局イルカはカカシの侵入を許してしまった。
的確な愛撫に身体が反応して急激に昂ぶって行く。
「……ふぁ、…んっ……あ、あっ」
「はっ、…イルカ先生…っ」
カカシの熱い吐息がイルカの耳に掛り、身体が軋むほど強く抱きしめられる。
「っ……あっ…苦しぃ……」
喘ぐイルカの唇に再びカカシのそれが重なる。柔らかな舌が歯列をなぞり、震えるイルカの舌と絡み合う。互いの唾液が混じり合い、溢れて顎を伝っていく。
身体中どこもかしこも熱くて頭の中はぐちゃぐちゃだ。ぐるぐると渦巻く思考は何一つ形にならず、イルカは考えることを放棄して、カカシの背にしがみ付いて爪を立てた。
*****
「…カカシ先生…」
ぐったりと壁に凭れて、床に足を投げ出した状態でイルカはカカシに声を掛けた。
「ん~?何ですか~?」
間延びしたカカシの声にイルカのこめかみにピキッと青筋が立つ。
場所を移動したのか蝉の声が昼間より遠くの方でジワジワと聞こえる。既に日は傾き教室の中は茜色に染まっていた。イルカがこの教室に来た時は、まだ太陽も高い位置にあった。カカシに会うこともなく、あのまま素直に家へ帰っていたら、今頃イルカはのんびりと風呂に入り惰眠を貪っている時刻だ。何であの時さっさと帰らなかったのだろうか。
「イルカ先生。床、痛くないですか?」
さらりと髪を梳かれて顔を顰める。振り払おうにも身体がだるくて指一本動かすのも億劫なのだ。
汗と、人には言えない体液で汚れた身体はタオルで拭われ、今はカカシの影分身が持って来た新しいものに着替えさせられていた。
むかつくぐらいすっきりした顔のカカシがイルカの身体を引き寄せ、後ろから抱えるようにして膝に乗せる。
「なっ…ちょっと何すんですか!」
じたばたともがいてみたが、腰をがっちりと掴まれて動くことが出来ない。何よりもお尻が痛くて強く抵抗出来なかった。
(……くそっ)
開き直ってどすっとカカシの胸に凭れると、カカシがふふっと嬉しそうに笑った。体温調整でもしているのか、凭れていても背中はそんなに暑くなかった。
「……カカシ先生」
「はい?」
「……あの時、俺が来なかったらどうしたんですか?」
「あ~…そうですねぇ…。来なかったら、また別の罠を考えたかな?」
「……こんなことして、恨まれるとか嫌われるとか考えなかったんですか…」
「ん?だってイルカ先生、俺のこと好きでしょ?」
さらっと自信満々に答えられてイルカの目が点になる。
「はあ?!なっ、何を根拠にっ!!」
がばっと身を起こして怒鳴るイルカをカカシはのほほんとした顔で見下ろす。
「え~。だってさ、本当に嫌だったら死に物狂いで抵抗するでしょ?それとも、イルカ先生は誰とでもセックスするの?」
「なっ!すすす、するわけないだろっっ!!」
男同士の――ましてや、あんな恥ずかしいことを簡単に出来るわけがない。そもそも想像だってしたことがなかった。なのに碌な抵抗も出来ないままカカシに身体中を舐められ、揉まれて、あられもない格好をさせられた挙句、何度も挿れられ逝かされた。
「うっぎゃぁぁぁぁぁぁっ!!思い出すなぁぁぁぁっ!!俺ぇぇぇぇぇぇーっっ!!!」
一気に色んなことを思い出してしまい、イルカは頭を抱えて悶絶する。
「まあ、最後までするつもりはなかったんだけどね。イルカ先生が可愛くオネダリするから止められなくて」
「ねだってねーよ!ばかやろぉーっっ!!!!」
身体の痛みも忘れて足をばたばたさせて暴れると、カカシがまあまあと宥めるように頭を撫でて抱き寄せる。
「でも、嫌じゃなかったよね?気持ち良かったデショ?」
悪びれもせずそんなことを言われて素直に頷く人間がいるだろうか。少なくともイルカは頷けない。
「俺は気持ち良かったですよ。先っぽ挿れただけでイっちゃいそうになるぐらい」
「うわーっっ!!そんなこと、言わんでもいいです!」
慌てて身体を捩って口を塞ぐと指先にちゅっと口付けられた。
「ちょっ…!」
「ごめーんね」
肩を抱き寄せイルカの唇を軽く啄む。
「責任とるから、諦めて俺のものになってね」
「なるかっ!馬鹿っ!強姦魔っ!!」
怒鳴ってカカシを叩いてみても、顔がどんどん赤くなっていくのが自分でも分かる。真っ赤に染まった顔で悪態ついても説得力がない。
その証拠に言われっぱなしのカカシの口元が嬉しそうににやけていた。
何だか凄くむかついた。強姦されたのに。初めてだったのに。うやむやになってしまいそうでイルカは眉間にしわを寄せる。
「俺も、今日からアンタのものだよ」
ぎゅっとイルカを抱きしめ、耳元でカカシが囁く。
悔しい。不覚にもときめいてしまったことが心底悔しかった。
「~~~~…絶っ対、浮気は許しませんからね!」
ぎっと睨んで悔し紛れにイルカがそんなことを叫べば、カカシは当たり前でしょ、と応じてイルカを床に押し倒す。
「俺はね、浮気はしない主義なんです。一生、アンタだけを可愛がって愛してあげます。だからアンタも浮気しないでよ。アンタの相手、きっと殺しちゃうから」
覚悟しなさいよ、と告げてカカシが微笑む。
青褪めたイルカがやっぱり今のなし!と撤回を申し出たが、「もう俺のものだから駄目です」と笑いながら却下されてしまった。
告白より先に凄いことをされて身体だって辛いけど、イルカを包むカカシの腕は優しくて、疲れの所為か色んなことがどうでも良くなって来る。
身体の力を抜くと急激に睡魔が押し寄せて来た。そういえば夜勤明けだったことを思い出す。
「…先生?眠いの?」
耳元を擽るカカシの低い声が心地良い。
「え?マジで寝ちゃうの?もうちょっとイチャイチャしたかったんだけど…」
ちょっと困ったようなカカシの声を聞きながら、起きたら絶対一発殴ってやろうと決めてイルカは意識を手放した。
終
2009/07/26
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初出:企画サイト「夏萌えカフェ」
期間:2009/08/01~09/30
- 2009/08/03 (月) 13:35
- 短編