※白い腕
「うちにね、出るんですよ」
と、まるで明日の天気の話をするかのような気軽さでカカシが言った。
「出るって、何がですか?」
何の前置きもなくあっけらかんと語るので、イルカはそれがその手の怖い話だと直ぐには気付かなかった。
茹であがった枝豆を大皿に乗せて卓上に置くと、カカシはひょいっと一つ摘まんで豆を口に含んだ。
「うん。旨い。絶妙な塩加減です」
「そりゃあ、良かった」
イルカはカカシの向かい側に腰を下し、同じように枝豆を摘まんだ。
この枝豆はカカシが手土産として持って来たものだ。粒が大きくて甘い。
暫しビールと枝豆を味わうことに集中してから、イルカは思い出したかのように先程の話題を持ち出した。
「さっきの話ですけど」
「さっき?何でしたっけ?」
「出るって話です」
「ああ、それですか」
「それで、何が出るんですか?」
ゴキブリのことか?とイルカは思ったが、そうではなかった。
「う~ん…何て言うんですかね。幽霊みたいなもの?」
「何ですか、そのみたいなものって」
苦笑してビールを一口飲むと、カカシは枝豆を咀嚼しながら語り始めた。
真夜中過ぎ頃に、首筋がむず痒くなるのだという。むずむずと首筋が痒くなって、背筋が寒くなる。
「また来たな、って思って後ろを振り返るとね、そこに出ているんですよね」
カカシの家は親の代から住んでる一軒家なのだそうだ。純和風な造りで小さな庭もあるらしい。
今は上忍寮で寝泊まりしているので、ほとんど帰ることがないようだが、時折部屋の空気を入れ替えるために戻るのだとカカシは話した。
庭に面した部屋を私室に使い、その他の部屋は書物や忍具が押込まれ、物置と化しているのだそうだ。
カカシの部屋は襖で仕切られた二間続きのうちの一間で、奥の部屋は使われなくなって久しく、襖の上は今時珍しい欄間になっていた。名工の作だという飾り板は確かに綺麗なものだが、カカシには興味のないものだった。
「その欄間の飾り板の間から、一本の白い右腕が二の腕あたりまで出ていて、おいでおいでをするようにひらひらと揺れているんです」
「右腕が?」
「そう、右腕が」
自分の右腕を差し出し、再現するようにひらひらと揺らしながら、カカシがなんでもないことのように話すのをイルカは眉を顰めて見詰める。
「…怖くないんですか?」
「不気味ですけど、しょっちゅう出てくるし…。ひらひらと揺れる以外、特に何か悪さをするわけでもないのでね」
放っておくといつの間にか消えてしまっているらしい。
「…でも、気になりませんか?」
「何?先生、怖いの?」
「別に怖いわけじゃないですけど…そんな得体の知れない腕と一緒に暮らしているなんて、不安になるじゃないですか」
「ナニナニ、もしかして幽霊に妬いてる?」
嬉しそうに顔を綻ばせ、カカシがずりずりといざりながらイルカの隣に移動する。
「違います!俺だったら、って話ですよ!」
「ちぇ~、な~んだ」
体重を掛けて来るカカシの身体を押し退けると、さも残念だというようにカカシは口を尖らせイルカの肩に顎を乗せる。
「まあ、初めて見た時は気になりましたけどね」
丁度、暗部に入隊して任務を渡り歩いていた頃だったので、殆ど自宅には帰っていなかったのだという。
「だから心配することなんてなかったんですよ」
「…そう、ですか」
「それにね」
不安を拭えないイルカの様子に気付いたのか、カカシはイルカの手を取り、ちゅっと唇を啄む。
「今はイルカ先生のところに入り浸ってるからね。怖がる必要はないんですよ」
そういってイルカの唇を塞ぎ舌を絡める。
おずおずとイルカの手がカカシの背中に回るのを待って、カカシはイルカを床に押し倒した。
「……ふっ…っ」
「先生、足もっと広げて」
懇願されるままイルカは足を広げてカカシを奥まで受け入れる。
体内で脈打つものがイルカの深いところを何度も抉り犯していく。
「あっ…あ、あっ……んぁっ」
「せんせっ、好き、好きだよ…」
「っ…あ、俺もっ、…はっ…あ」
「ああ…イイ、……もっと、もっとシテいい?」
喘ぐイルカの耳元で、カカシは甘えるように睦言を繰り返す。吐き出される熱い息までもがイルカを犯した。
互いに何度か絶頂を迎え、それでも離れがたくてイルカはカカシの肩に腕を回して抱き締める。
生理的な涙で潤んだ瞳を抉じ開けると、暗闇が広がる窓の外から白い女の腕が、おいでおいでと招くように揺れていた。
「カカシさんっ」
ぎゅっとしがみ付くと、カカシはイルカのこめかみに流れ落ちる汗に舌を這わせ、腰をゆるゆると動かす。
「大丈夫」
愛おしそうにイルカの頬を撫で、口付けを落とす。
「俺にはアンタがいるから」
だから、あの手に呼ばれたりしない。
「カカシさん…」
「ね、もう一回いい?」
「っ……はい」
顔を赤く染めてイルカが小さく頷く。その様子を見たカカシは口元がにやけるのを抑えられない。
何度も抱きあっているのに、イルカはいつまでたっても初心な反応をする。可愛くて愛しくて、もう手放せない。
イルカがこの世にいる限り、カカシは死してもイルカの傍らを離れることはないだろう。
自分を呼ぶ白い腕を一瞥もせず、カカシは震えるイルカの身体へ指を這わせ、快楽を植え付けることに夢中になった。
その日から――
カカシの前に白い腕が現れることはない。
終
元ネタ「文豪てのひら怪談」より。
欄間から腕が出ている、というところだけネタにしてます。
あまり怖くない上に唐突なオチですみません。
うちでは珍しい既に付き合ってる二人ですwww
(2009.10.13 修正)
- 2009/08/23 (日) 22:45
- 短編