天使捕獲計画 (月夜の邂逅・番外編)
「テンゾウ…俺、天使に会っちゃった」
暗部専用の待機所に居たテンゾウの元に、ふらりと銀髪の先輩暗部がやって来て、そんなことをのたまった。
「はあ?来た早々、何アホなこと言ってんですか。寝言は寝て言って下さい」
言った瞬間、頬を掠めてカカカカッとテンゾウの背後の壁に千本が突き刺さる。
「テンゾウ…その黒い目ん玉に千本刺したらどんな感じだろうね?」
「ちょっと!やめて下さい!私闘は禁止ですよっ!」
きらりと光る千本の先端が目の前に迫り、テンゾウは悲鳴を上げる。
「冗談だよ。冗談。本気でやるわけないじゃない」
「目がマジでしたよっ!先輩の冗談は冗談に聞こえないんだから、やめて下さい!」
先輩暗部カカシは指先で器用に千本を回転させながら、テンゾウの隣の椅子に座った。
いつまた飛んでくるのか分からずビクビクしていると、それに気付いたカカシが呆れ顔で千本を仕舞ってくれた。それでも暗部か?と顔に書いてあったが、それは見なかったことにする。
「それより先輩。確か、今日から任務じゃなかったですか?」
「そうなんだよね。ホントはもう出てなきゃいけないんだけど、調べたいことがあってさ」
「調べたいこと?」
今回の任務の関係だろうか。
何となく嫌な予感がするけど、相手は一応尊敬する先輩だ。大人しく次の言葉を待つ。
「テンゾウ!お前の腕を見込んで頼みがある」
テンゾウの肩に手を置き、カカシは真剣な面持ちでその頼みを口にした。
「俺の天使の名前を調べてくれ!!」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
無言のプレッシャーから先に根を上げたのはテンゾウだった。
「察するに、好きな子が出来て名前が知りたいというわけですね?」
「流石、テンゾウ!良く分かったなっ!」
分かりたくなかったです。先輩…。
遠い目をしながら、テンゾウは心の中でツッコミを入れる。
「自分で調べればいいじゃないですか…」
「俺だって調べたいけど、任務に行かなきゃならないんだって!」
「忍犬使えば簡単でしょ?」
カカシは忍犬使いだ。忍犬の嗅覚をもってすれば、探し人など一発で見つかるだろう。
「忍犬達も任務に連れて行くから無理」
任務に関しては非常に真面目な先輩は、もう出なきゃ駄目なんだって頼む!と両手を合わせて拝んでくる。
普段は人を寄せ付けない雰囲気を持つカカシだったが、本当は仲間思いで優しい男だということもテンゾウを含め仲間達は皆知っている。
そんなカカシがなりふり構わず後輩に好きな子の名前を調べて欲しいとお願いして来るのだ。ちょっと力になってやりたいと思うのは人情だろう。
「しょうがないな~。分かりました。他ならぬ先輩の頼みですしね」
「恩にきるよ。テンゾウ!」
「で、どんな女の子なんですか?」
先輩が天使と言うくらいだから、かなりの美少女だろうか。
ちょっとした好奇心と期待を込めてテンゾウが訊ねると、
「何言ってんの。俺の天使は男だよ。年齢はお前と同じくらいかな」とカカシは朗らかにのたまった。
「………先輩」
「ん?何?」
「ホモだったんすか?」
口にした途端、テンゾウは首を締められて、そのまま壁に押し付けられた。鈍く光るクナイの切っ先が眼球すれすれまで向けられ、恐怖で身が竦む。
「ひっ!!」
「テンゾウ…その曇った目ん玉、クナイで抉り出してやろうか?」
「やっ、やめて下さいっ!先輩っ!!」
まだ忍者生命は絶たれたくない。
「ジョ~ダンだよ~。ジョ~ダン。本気なわけないでしょ~」
いや、マジだった。絶対、マジでやる気だった。
ブルブル震えるテンゾウを哀れに思ったのか、カカシは直ぐにテンゾウを解放してクナイをホルスターに収める。
「俺だって男なんか興味な~いよ。でも、あの子だけは別」
うっとりと眼を細めて、カカシは出会った天使の笑顔がどれほど可愛かったのか、労わる言葉がどんなに優しかったのかを滔々と語り始めた。
正直、どうでも良くなっていたテンゾウだったが、ここで大人しく拝聴しなければ、今度こそ忍者生命どころか己の命そのものが危険に晒されるのを察知して、カカシが満足するまで語るのを止めなかった。
「でさ~。うっかり名前聞きそびれちゃって、慌てて戻って聞くのも間抜けじゃない?やっぱり、好きな子にはカッコイイ暗部って思われたいじゃない。もう、俺のことキラッキラした瞳で見つめちゃってさぁ。可愛かったなぁ」
世間一般では暗部はカッコイイというより、怖い人種だと思われてます。先輩。
口に出せないツッコミを脳内で入れながら、テンゾウは辛抱強くカカシの話が終わるの待つ。
「あっ!いくら可愛くても俺のなんだから、テンゾウは間違っても手を出そうとは思わないでよ」
「ひ、人のなんて興味ありません!」
しかも、男なんてとんでもなかった。将来は可愛い嫁さん(当然、性別は女)を貰って幸せな家庭を持つことが夢なのだ。
「うんうん。そうだよね。テンゾウはそこんところ真面目で信頼出来るよね。やっぱ、こういうことはテンゾウにしか頼めないよ」
「え?そ、そうですか?」
「そうだよ。信頼出来るから、こういうプライベートなことも頼めるんじゃない」
「そんなぁ。いや、そうですか~?」
「うんうん。いつも感謝してるよ~。ありがとね、テンゾウ」
「いやいやいや。そんな~。照れるじゃないですか」
えへへ、と嬉しそうに喜ぶテンゾウと、陰でほくそ笑むカカシを横目で眺めていたその他の暗部達は、「おいおい。テンゾウ!騙されてるって!」と心の中でツッコミを入れていた。
本人に自覚はないが、この人の好さをカカシに付け込まれているとは、夢にも思わない暗部内いいひと代表テンゾウだった。
こうして、狗面の暗部カカシは、心の天使(カカシ談)の名前と所在地をゲットしたのである。
終わり
- 2009/09/16 (水) 02:02
- 短編