きみだけが知らない
通常夕方の4時から6時の間は受付所が最も混雑する時刻だ。それ故イルカが手伝いに入るのもその時刻が多いのだが、アカデミーで受け持つ授業がない時などは午前中に手伝うこともあった。
その日もアカデミーの仕事がなかったイルカが夜勤明けの担当者と交代して受付の席に座ると、まるでそれを見計らったかのようにカカシが姿を現し声を掛けてきた。
「や、どーも」
「カカシ先生、お疲れ様です」
「イルカ先生こそ、朝から受付の手伝い?アカデミーの仕事もあるのに大変でしょ?」
お疲れ様、と言ってカカシが唯一晒されている右目をにこりと弓なりに細め労わりの言葉を続ける。
自分より遥かに忙しいカカシから逆に労わられ、イルカ焦って姿勢を正す。
「そんなこと。カカシ先生に比べたら大したことないです」
上忍師を解任されたカカシが受付を通さない任務までも請け負って奔走しているのを里の忍で知らぬ者はいない。
今日だって提出された報告書を確認すれば、単独で一月かかる任務を2週間で終えて来たのだと分かる。
「お疲れ様でした」
ぺこりとお辞儀をして心からそう伝えると、カカシは嬉しそうに相好を崩し「先生の笑顔で疲れも吹っ飛んじゃいましたよ」と答えた。
「いやいや、それは男に向かって言うことじゃないでしょう」
「え~?そーかなぁ?」
首を傾げるカカシを下から眺め、イルカはこっそりと溜息を吐く。
天然タラシって性質悪いよなぁと内心で愚痴りつつ、嬉しく思っている自分もいる。
カカシの言動に一喜一憂するのは日常茶飯事なので表立って喜んだりはしない。
伊達に片想い歴が長い訳ではないのだ。
己のいじましさにこっそり涙しながらイルカは報告書に目を通す。それでも、偶然とはいえ朝からカカシに出会えたことは純粋に嬉しかった。
「何だかイルカ先生、機嫌がいいですね」
報告書に意識を切り替えようとしたところで、カカシのそんな声が聞こえ、イルカは「え?」と声を上げて反射的に顔を上げる。
心臓がばくんと大きく跳ね上がる。目の前で顎に手をやったカカシがまじまじとイルカの顔を見詰めていた。
「ん~…何かいいことあった?」
「え?いや、そんなことは…」
カカシと会えたからだなんて、とてもじゃないが冗談めかしだとしても言えるはずもない。
「…もしかして、彼女が出来たとか?」
何故か声をひそめ真面目な顔でそんなことを言われ、イルカは慌てて首を振る。
「まさか!そんなんじゃないですよ!」
すぐさま大声で否定して、はたっと我に返る。よくよく考えれば公共の場で彼女がいない宣言を自分からしてしまったようなものだ。
(なに言ってんだ、俺は)
頬が火照って熱い。きっと今の自分は耳まで真っ赤になっていることだろう。
「そっか。良かった」
安心したような声が耳に届き、思わず視線を向けるとカカシが覗きこむように顔を近付けて来た。
「じゃあ、何で機嫌がいいんですか?」
ゆったりと眼を細め、カカシが低く囁くように訊ねる。
鼓膜をくすぐるその声に、変な声が出そうになったイルカは慌てて肩をすくめて口を噤む。
(この人、分かっててやってるんじゃないか?)
顔が更に赤らむのを自覚しながら、イルカはどう答えようか頭を悩ませ火照る頬を擦って誤魔化す。
そんな自分をカカシがとろけそうな眼で見詰めていることを、イルカはまだまだ気付きそうもなかった。
終わり
+++++
朝っぱらから何やってんでしょうか、この二人w
2009.11.15
- 2009/11/28 (土) 12:29
- 短編