神のみぞ知るセカイ
「なあ、聞いてくれよ」
比較的暇な時間帯になった受付で、隣に座る同僚へイルカが上機嫌な様子で声をかける。
「何だよ。何かいいことあったのか?」
決済済みの報告書をランク別に仕分けしながら同僚が訊ねると、待ってましたとばかりにイルカは話し始めた。
「俺さぁ。この間、洗濯機を買い替えたんだよ」
「んだよ。そんなことで機嫌いいのかよ」
「馬っ鹿!ただの洗濯機じゃねぇんだよ。乾燥機能付きの洗濯機だぞ!」
呆れた口調の同僚にイルカは身を乗り出して反論する。
「俺んち、とっくの昔に乾燥機能付き洗濯機だぜ」
「ウソ!マジで!!」
「サカキんちも確かそれだったぞ?」
「そりゃあ、アイツは新婚さんじゃねぇか」
同僚が最近結婚した同期の者の名前を上げれば、イルカは口を尖らせて文句を言う。
新居に古びた洗濯機など持ち込むわけがないだろう。
それにサカキは周囲の仲間から家電大好き人間で知られていたから、すでに新機種を持っていたとしても不思議ではない。
「大体、洗濯機なんてそう簡単に買い替えられるもんじゃないだろ」
家電自体が結構値が張るものなので、イルカの安月給ではそうホイホイと買えるものでもなかった。
「まあ、確かにな」
頷く同僚に、だろ?としぶい顔で答えてイルカは腕を組む。
そもそもイルカは下忍時代から使っていた洗濯機が壊れてしまったので、仕方なく買いに行ったのだ。
洗濯から脱水までのシンプルなものを買う予定でいたから、乾燥機能付きを買ったのは予想外の出費だった。
商売人の口車に乗せられて購入したので、洗濯機が届くまではかなり後悔していたし、今から安い物(展示処分品なら尚良い)に変更出来ないかなぁなどとケチくさいことを考えていた。
イルカは元々家電などには無頓着で使えればいい、という人間なのだ。
しかし、それも洗濯機が届いて使ってみてから気持ちは大きく変わってしまった。
「朝、予約しておいたら、洗濯物がふわっふわのぬっくぬくだったんだぜぇ」
よっぽど嬉しかったのか、イルカは瞳をきらきらと輝かせてその時の感動を語る。
電気代のこともあるので毎日は無理だが、長雨の時季や洗濯物をため込んだ時には乾燥機能はかなり活躍してくれそうだ。
「へ~。イルカ先生、洗濯機買ったんですか?」
辟易する同僚を余所に熱く語っていたイルカの頭上から新たな声が加わった。
聞き覚えのある声に顔を上げると、銀髪の上忍がにこやかに笑みを浮かべて立っている。
「あ、カカシ先生。お疲れ様です」
「はたけ上忍、お疲れ様です」
「はい。どーも」
報告書を差し出されてイルカが居住まいを正すと、横の同僚も自分の仕事に慌てて戻る。
「はい。結構です」
確認の印を押して処理済みの箱へ報告書を入れる。
「お疲れ様でした」
「ね、さっきの話ですけど」
ぺこりと頭を下げてイルカが労いの言葉を続けると、カカシは先程話題にしていた洗濯機のことを訊ねて来た。
「俺もそろそろ買い換えようと思っているんですよね」
「あ、カカシ先生のところも壊れそうなんですか?」
「ん~…ま、そんな感じかな。それで、下調べを兼ねて先生んちの洗濯機見に行ってもいい?」
「もちろん。いいですよ。むさ苦しいところですけど、どうぞ見てって下さい」
にっかりと笑って答えるイルカに、カカシも浮かべていた笑みを深める。
「シーツみたいな大判のものも乾いちゃうの?」
「まだ試してませんけど、毛布も乾燥出来るみたいだから大丈夫ですよ」
「へ~……そうなんだ……。ね、試してみていいかな?」
会話の中に妙な間を開けたカカシがニコニコと笑みを崩さず訊ねる。
「いいですよ。ばんばん試しちゃって下さい!」
そのカカシの変化にまったく気付いた様子のないイルカが明るく朗らかに受け答えをする。
横で会話を聞いていた同僚は、不遜なものを感じながらも聞かなかったことにした。何故なら、イルカ以外の者に向けるカカシのチャクラが非常に怖かったからだ。
「じゃ、今夜イルカ先生んちに行ってもいいですか?色々話も聞きたいし、いい酒が手に入ったので一緒に飲みましょ」
「え、そんな気を遣わなくて大丈夫ですよ?」
「いえいえ。押し掛けてご迷惑かけちゃうのはこっちですから」
「俺んち、散らかってるから片付けないと…」
「男同士なんだし気にしませんよ」
困ったように答えるイルカへ、カカシは怖いぐらい愛想良く言葉を続ける。
「受付は6時までですよね?じゃあ、待ち合わせしましょ。アカデミーの校門前でいいですよね。あ、途中でツマミでも買って帰りましょうか」
たたみかけるように言われてイルカは反論する間もなくこくこくと頷く。
「ああ。混んで来ましたね」
カカシはぐるりと受付所の中を見渡し、そろそろ行きますね、と片手を上げてイルカの前を離れる。
「じゃあ、せんせ。また後でね」
「はい。お疲れ様です」
慌ててぺこんとイルカが頭を下げると、丁度やって来た忍が報告書を持って前に並ぶ。それを横目で見やりながら、カカシは隣に座るイルカの同僚へ、ついっと用紙を突き出した。
「……あの、これは?」
「よろしくね」
「………はい」
有無を言わせぬ視線と、ぽそっと呟かれたカカシの言葉に、同僚は小さく頷くことしか出来なかった。
「いや~。カカシ先生がうちに来るなんて、ちょっと緊張するなぁ」
「…そうだな」
同僚とカカシのやり取りに気付かなかったイルカが、やっぱ片付けないとなぁと朗らかに笑う。
そんなイルカの様子をちらりと伺った同僚は、申し訳ない気持ちでいっぱいになりながらも、カカシから受け取ったイルカの休暇届けを上司にそっと提出したのであった。
その後、乾燥機能付き洗濯機がどう活躍したかは、イルカとカカシ以外は神のみぞ知る。
終わり
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こんなオチばかりですみませんw
2009.11.22
- 2009/11/28 (土) 12:31
- 短編