飛んで火にいる…
「カカシ先生。ちょっと質問があるんですが…」
提出した報告書に受領印を押したイルカが、そんなことを聞いて来た。
「いいですけど。どうかしたんですか?」
「何?悩みでもあるのか?」
カカシがそうイルカに問いかけると、カカシの後ろに並んでいたゲンマが横から覗き込むように聞いて来た。
「ちょっと、聞かれたのは俺だよ」
「まあまあ、いいじゃないっすか」
いつもならば、受領後は眩いばかりの笑顔を振りまいて労いの言葉を伝えるイルカが、少しばかり思い悩んだ様子で聞いてくるのだから、カカシでなくても心配になってくるというものだ。
「イルカ先生は俺に質問があるんだって」
「いえ、あの…ゲンマさんの意見も聞けたら嬉しいです」
ゲンマと言い合ってると、イルカが言い難そうに言葉を続けた。
「…………」
「こらこら。カカシさん、大人気ないよ」
自分だけじゃないというところが引っ掛かって不機嫌になりかけたカカシをゲンマが苦笑しながら窘める。
「あの…すみません。やっぱり、いいです」
「何、遠慮してんだよ。聞きたいことがあるんだろ?言ってみなって」
ゲンマが慌ててイルカを覗き込み、カカシを肘で小突く。
ほらカカシさんの所為だぞ、と口だけ動かしゲンマがカカシに顎をしゃくる。声を掛けろと言うことらしい。
「遠慮しなくていいですよ?聞きたいことって何ですか?」
確かに大人気なかったと反省して、カカシもイルカに優しく問いかける。
「それとも、ここでは言い難い?」
入口からまた何人かの忍が報告書を持ってやって来た。
受付所はこれから混みあう時間帯に入る。
人に聞かれたくない内容なら、このままここで話しこむのは得策ではないだろう。
「あ、それは大丈夫なんですけど…」
「けど?」
指先を弄りながらイルカがもじもじと身体を動かす。
成人男性が恥じらう姿というのは、あまり気持ちの良いものではないのだが、それがイルカだと思うと不思議と可愛らしく見える。
って、待て俺っ!
うっかりでれっとしかけた自分をカカシは叱咤する。
最近、イルカを見る目がヤバイ方向へ変わって来たことをカカシ自身も自覚していたので、頭をかきむしりたいところをぐっと堪えて無表情を貫く。
こういう時、顔の殆どを隠していて本当に良かったと思う。
「あのですね!」
カカシの内心の葛藤など知る由もないイルカが、意を決したかのように顔を上げてカカシを見た。
「はい。何ですか?」
思わず前のめりになって顔を近付けそうになる己を強靭な自制心で押さえつけ、穏やかに問いかける。
こういう時、顔の殆どを――以下略。
「カカシ先生は巨乳派ですか?それとも貧乳派?」
何故か握りこぶしを作ってイルカがそんな質問をした。
きらきらと輝く黒い瞳が眩しい。
いや、待て。
ちょっと、待て。
「え?…なに?」
「はい。ですから、巨乳派ですか?貧にゅ…もが」
大声で再び質問を繰り返そうとしたイルカの口をゲンマが塞ぐ。
グッジョブ、ゲンマ。
「何だよ。その質問。それ、他の奴らにも聞くつもりだったのか?」
「だって、すっごく悩んだんですよ」
呆れ顔でそう訊ねるゲンマにイルカが口を尖らせて言い訳した。
「……何でそんなことを悩んだんですか?」
女性がらみの下世話な話題を苦手とするイルカから、巨乳派かという言葉が出たことに驚きを隠せない。
ちょっと動揺しながらカカシが訊ねると、イルカは少し俯くとおずおずとカカシを見上げた。
だから。
可愛いんだっちゅーねん!
カカシの心の叫びは兎も角、イルカはちょっと困ったように眉を下げて、言い難そうに理由を答えた。
「受付に…花がないって投書があったんですよ。むさ苦しいって」
「は?」
「だから、受付の当番の奴らは忍術で女体化したらどうかって話が出て…」
「出て?」
「どうせなら、巨乳か貧乳…あ、普通でもいいですけど、要望の多い胸に化けようかと思ったんです」
てへっと照れたように笑って答えるイルカに、カカシ(とゲンマ)はどう答えるべきかすぐには反応出来なかった。
「で、カカシ先生はどんな胸がいいですか?」
可愛い笑顔で両手を胸のあたりでボヨンボヨンと揉む仕草をする。
この野郎…!
誘ってるのか!誘っているんだな!
揉んでやろうか。今ここで…!
「カカシさん…変なチャクラ出てますって」
ゲンマからの注意にはっと我に返る。
「悪い…」
うっかり邪まな想いが漏れ出たようだ。肝心のイルカは鈍いのか気付いた様子はない。
ゴホンと軽く咳払いして誤魔化し、カカシは瞬時に最良の答えを導き出す。
「駄目ですよ~、先生。受付にはくの一も来るんですよ。セクハラだと女性陣から苦情きちゃいますって」
「あ…」
言われて初めて気付いたのか、イルカは「そっかー。そうですよね」と酷く感心したようにカカシを見詰めた。
「まあ、くの一に限らず女の集団は怒らせたらおっかないからなぁ。やめて正解だよ」
ゲンマにも言われて、イルカはうんうんと頷く。
「良かったー。勇気出してカカシ先生に聞いて」
お陰で助かりました、とイルカは笑顔でお礼を言う。
「ははは。お役に立てたようで良かったです。…ところで」
和やかな空気になったところで、カカシは話題を変えた。
「イルカ先生。この後一緒に飲みに行きませんか?」
「いいねー。久しぶりに飲もうぜ。イルカ」
誘いに割り込むゲンマをじろりと睨みつけると、分かってるって、とゲンマが慌てて身振りと口だけを動かし答える。ゲンマは今のところカカシがイルカに対して邪まな想いを抱いていることを唯一知っている人間だった。
「でも、お二人ともお疲れじゃあ…」
「今日は飲みたい気分なんで、付き合って貰えると嬉しいなぁ」
「そうそう。真っすぐ帰るのもつまんねーしな」
「…それじゃあ、是非」
嬉しそうに誘いに乗るイルカを笑顔で見降ろしながら、カカシは口布の下でにやりとほくそ笑む。
「それじゃあ、終わるまで待ってますので」
「はい。すみません」
「いいえー。それじゃあ、あとでね」
ひらひらと手を振って受付を離れ、待機所に向かったカカシの瞳は怪しく輝き鼻息が荒い。
「くっそー。何であんなに可愛いかなぁー」
「いや、まあ…。良く我慢したと思うよ…」
頭を抱えぐねぐねと身体を捩って身悶えるカカシの態度に、若干引きながらゲンマが疲れた様子で答える。
「まあねー。イルカ先生、俺のことカッコイイ頼れる上忍と思ってるみたいだしね」
本性を曝け出したら、引くどころか逃げ出すのは目に見えている。
「徐々に慣らして、真綿で包むようにしなくちゃね」
「いや、それも怖いから」
ゲンマのツッコミなどお構いなしに、「ふふふふふ」と怪しげな笑いを続けるカカシへゲンマが「ほどほどにしろよ」と忠告したが、箍の外れたカカシが酔ったイルカをあれこれ悪戯してしまうのは時間の問題だった。
終わり
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うちのカカシはむっつりだと思うw
2010.02.03
- 2010/02/17 (水) 01:24
- 拍手小話