とある日の結末(月夜の邂逅・番外編2)
「カカシはどうした」
上質な樫で造られた机に肘をつき、三代目火影が眼光鋭く目の前に立つテンゾウをねめつけ訊ねた。
「はっ、…それが、まだ連絡がつかなくて…」
内心びくびくしながらテンゾウは頭を低く下し、なるべく平静を装って応える。
「…またか」
当然、テンゾウの精神状態などお見通しの火影は、まだ年若い暗部を甚振るつもりなどないのでその辺は深くは追求しない。しかし、緊急の任務ではないとはいえ呼び出しになかなか顔を出さないのは下の者にも示しがつかないのは確かだ。
「里にはいるのであろう?一体、何処で何をしておるのじゃ」
「さ、さあ…そこまでは」
冷や汗をかきながらもテンゾウはそう応えるしかない。同じ暗部に所属し、仲間内では親しく喋る方ではあるが、任務から離れたプライベートまでは知る由もなかった。
「まったく…。仕方のない奴め。どうせ、何処かでイチャパラでも読んどるんじゃろ」
話題の主であるカカシはもとから他人と一歩引いたところがあり、仲間は大事にするが深く関わることもない。
飄々とした態度と強いカリスマ性も相まって、それはカカシの魅力となり憧れの対象として見るものは多かったが、火影から見たカカシは我儘で自由気ままな怠け者である。
「テンゾウ。すまんが、ちょっと探して来てくれんか」
「承知しました」
深々と頭を下げ、テンゾウは瞬身を使ってその場を離れた。
「…とはいってもなぁ…。何処にいるんだ先輩は…」
はあぁぁぁぁ、と長く溜息を吐いてテンゾウはとぼとぼと人通りのない路地を歩く。
カカシの住処と隠れ家を覗いて来たが、どちらも空振りである。
あと居るとしたら花街ぐらいしか思いつかないが、ここ最近ご無沙汰だという噂は他の暗部からも聞かされていた。
となると、思いつくのはあと一ヶ所ぐらいしかない。
(まさかなぁ…。いや、でもあの先輩の勢いならあるかも…)
女誑しで浮名を流したのも数知れず、一人の人間に縛られることを厭うていたカカシから、一目惚れをしたと聞かされたのは一年も前のことだろうか。
しかも、相手は年下とはいえ男で、中忍で、極々普通の何処にでもいる青年だ。
真面目で頑固だけど好青年なのはちょっと調べたテンゾウでもすぐに分かったが、カカシが入れ込むほどの魅力までは理解出来ない。理解出来てたら、多分、今頃命はなかっただろうからテンゾウはそれで良いと思っている。
名前と住所はカカシの命令で調べはついていたので、間違いであって欲しいと思いつつもテンゾウはカカシの想い人の家に足を運んだ。
(さて、どうするかなぁ…)
目的の人物の家は2階建ての安アパートの一室だ。
2階の一番奥の部屋の窓を見ると、カーテンは閉まっていたが電灯は点いており、人の気配もする。
いきなり暗部姿で押し掛けるのも気が引けたので、木の枝を伝い窓の傍まで行くと、気配を消してそっと中の様子を窺う。
常日頃、仲間相手に自分は常識人だと豪語しているテンゾウだが、やっぱりどこか常識から外れた行動をしていることに気付かないのは暗部故の悲しさか。
「イ~ルカ~、何やってんの?」
「あ…カカシさん」
耳を澄ますとぼそぼそとだが小さくカカシと部屋の主の声が聞こえた。
(ビンゴ!やっぱりここに居た)
自分の勘が当たったことを喜んだテンゾウだったが、直ぐに気持ちは急下降する。
カカシを連れ出す方法まで考えていなかったのだ。
想い人と何やら親しげに会話しているところを不用意に邪魔すれば、カカシからどんな報復を受けるのか分からない。
火影からの呼び出しだから仕方がないという言い訳が通用する相手ではないのだ。
(ど、どうしよ~~~)
「あ、ちょっと待って、カカシさん」
「まあまあ、俺に任せてよ」
「で、でも…」
「大丈夫だから、ね?」
「あっ、やめっ。そんな乱暴にしないで」
「ん~?乱暴になんてしてないデショ?」
テンゾウが窓の外で頭を抱えて悶えていると、困惑した様子のイルカと楽しげなカカシの声が窓の向こう側から漏れ聞こえて来た。
(え?ま、まさか…まさかねぇ?)
「そんな顔しなーいの」
「…だ、だって…」
「イイ子だからじっとしてて」
「でも、でも…」
「コラ。そんなに腕掴んだら痛いでしょー」
戸惑っている間にも会話はどんどん怪しげなものになっていく。
「ほら、ここ引っ掛かってるの分かる?イルカも見てごらんよ」
「あっ、あ、やだ。カカシさん、壊れるっ」
(えええええ!?これって、これってやっぱり、アレだよな…?マジで!?)
いきなり尊敬する先輩の情事の場面に出くわすとは思わなかったテンゾウは、窓の外でわたわたと慌てる。
ここで声を掛けようものなら自分は間違いなくカカシに半殺しにされるだろう。
火影の命令を取るか、自分の命を取るか。二者選択だ。
「カカシさん、もういいから、やめましょう」
「何言ってるの。ここまで来てやめる訳にはいかないでしょ?」
無駄に良い聴覚がガタゴトという物音と微かな衣擦れの音までも拾ってしまい、テンゾウは益々焦る。
このまま立ち聞きし続けるのもマズイが、今ここに居ることをカカシに知られたら半殺しどころか瞬殺されるだろう。いや、もしくは面白がってわざと聞かされるかもしれない。
(あり得る!)
前者は死に物狂いで火影の元へ駆け込めば逃れることは可能だが、後者はカカシが満足するまでひたすら苦行を強いられることになるだろう。
見知った人間の濡れ場ほどいたたまれないものはない。
普段は飄々としていて年齢より落ち着いたところのあるカカシだったが、時折子供のように我儘で底意地の悪い面も持ち合わせていた。
そして、その悪い面の最たる被害者は年齢が近く同じ任務を請け負うことの多いテンゾウだった。
被害にあってしまうのはテンゾウの性格によるところも多いのだが、そんなことをテンゾウ本人は知る由もない。
(仕方がない…)
暗部としての任務なら火影の命令を取るが、今回はカカシを執務室へ呼び出すための伝令でしかない。
幸いカカシの意識はイルカの方へ向いていて、テンゾウの気配には気付いていないようだ。
(すんません。火影様!ここは、自分の命と平穏を取らせていただきます!)
ぐっと拳を握りしめたテンゾウは、心の中で何度も火影に詫びながら窓から離れると、木の枝を蹴って跳躍し、暗闇の中へ身を投じた。
簡単に言えばすたこらとしっぽを巻いて家に逃げ帰ったわけである
「…あれ?テンゾウの気配が消えた?」
つい先程まで窓の外からそわそわしたテンゾウの気配がしていたのに、ふつりと消えてしまった。
何か用があって来たのではないのか?とカカシが首を傾げて外を窺っていると、その横でイルカが唇を尖らせて袖を引く。
「ちょっと、カカシさん!やっぱり壊れたじゃないですか!」
イルカの手にはバラバラに分解されたコンセントの残骸と剥き出しになった配線がある。
「自信満々で直せるって言ったクセに」
「いや、待って、ホントに直したことあるんだよ?」
すっかりむくれてしまったらしいイルカに、カカシはがりがりと頭を掻きながら必死に言い訳をする。
「今日からすごく冷えるって言うからコタツ出したのに…どうしてくれるんですか!」
コタツの電気がつかなくなって困っていたところをいつの間にかイルカ宅に入り込んでいた(不法侵入ともいう)カカシが直してやると申し出たのは1時間ぐらい前のこと。今やすっかり日が暮れて夜の帳が落ちようとしている。
暖房器具がコタツしかないイルカの家はかなり冷え込んで来ていた。
「ご、ごめんごめん。本当にゴメン!あ、そうだ!お詫びに俺、コタツ買ってあげるよ!」
イルカにカッコイイところを見せたかったのに、分解したはいいけど戻せなくなるという逆に情けない結果になってしまった。
額を畳に擦り付けんばかりに下げて、カカシは必死な様子でイルカに謝罪する。
「うう…俺ってカッコ悪いよね」
忍の才に恵まれ天才だとか里の誉れとか言われていても、日常生活がこれではイルカに呆れられても仕方がない。
「…もう、しょうがないなぁ。ホントにカカシさんに買って貰いますからね」
しょげて項垂れるカカシの頭をぽこりと軽く叩き、まだちょっと口を尖らせながらもイルカが許しの言葉を告げる。
「…イルカ」
ああ、やっぱり俺の天使は今日も可愛い!
「イルカ!」
「うわっ、ちょっとカカシさん、苦しい」
感極まってぎゅっと抱きしめると、イルカが苦しそうにもがいて苦笑する。
「うーんと豪華なコタツを買ってあげるね!」
「いや、そんな豪華なコタツってないと思いますよ…」
夜遅くまで開店している家電店までカカシとイルカが仲良く手を繋いで出掛ける頃には、カカシの記憶からテンゾウの存在は綺麗さっぱりと消え失せていた。
同時刻。
木々を掻きわけ闇雲に走る一人の忍の姿が――
「もう、絶対、先輩の呼び出しなんて、引き受けないんだからなぁぁぁぁぁっ!」
くそぉ。僕だって彼女欲しいよぉ~!
そんな情けない台詞を叫びながらテンゾウは只ひたすら夜道を一人走り続けるのだった。
こうして、意外といい感じにイルカと過ごすカカシと、勘違いでぐるぐるしたテンゾウの一日は終わりを遂げたのである。
終わり
+++++
頑張れ、テンゾウ!
負けるなテンゾウ!!(笑)
ちょっぴり修正しました。
- 2009/11/19 (木) 02:59
- 短編