【wahnsinnig】

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会いに行く

 任務を終えて深夜に里の大門を潜り抜ける。
 里には数日前に降った雪がまだ建物の影にちらほらと残っていた。
 雪の塊を横目で見遣り、カカシはうつむきがちに背中を丸めて凍てついた道を踏み締める。



 任務に出たのはあの雪が降った翌日の朝早くのことだ。雪は止んでいたが、降り積もった雪の上にはまだ誰の足跡も残っていないようだった。
 忍びなので足跡をつけずに歩くことは容易だったが、何となく勿体無いような気持ちになってカカシは深く沈みこむ雪の感触を楽しみながら足を進めた。
 まるで幼い子供のような行為だ。
 しかし、カカシは幼い頃は決して雪道に足跡を残そうとはしなかった。忍びであることが幼いカカシには誇りであり、父親を悪しざまに言う大人に対する意地でもあったので、どんな悪路であろうと足跡を残すのを良しとしなかったのだ。
 あの頃の自分は本当に子供だったのだと思う。ちっぽけな矜持を守るために必死だったのだ。
 あれから20年以上経った今では多くの上忍がそうであるように、無意識に足跡を消す習性がついてしまった。
 意識しないと雪の上に足跡さえ残せないのだ。
 残念な大人になってしまったと思えるのは、上忍師となり受け持つことになった子供たちと、顔に一文字の傷を持つアカデミー教師の影響が大きい。
 アカデミー教師のイルカは雨上がりの道だろうと雪道だろうと、しっかりと足跡を残して歩いていた。

 ああ、会いたいな…。
 ポケットに入れた小さな箱の感触を指でなぞり、イルカの顔を思い浮かべる。

 あの人は風邪を引いてはいないだろうか。
 笑顔で受付に座っていたのだろうか。
 子供たちを叱って、頭を撫でて、また明日、と言ったのだろうか。



 イルカと最後に会ったのはカカシが任務に出たその雪の日だった。
 単独任務のため一人きりで大門に向かう道を進んでいると、前方から良く知る気配がこちらに向かってやって来るのが分かった。
 防寒着を着込んだイルカが雪道に足跡を残しながら歩いている。

「イルカ先生」
「…え。あ、カカシさん!おはようございます!」
 嬉しそうに挨拶しながら駆け寄るイルカの姿は、雪道を走り回る仔犬のようで微笑ましい。言えば絶対怒るであろうことが分かっていたので黙っているが、想像するのはカカシの自由だ。
「もしかして、これから任務ですか?」
「ええ。イルカ先生こそどうしたんですか?」
 イルカが来た道は自宅とは逆の本部棟がある方向だ。
「今日は夜勤だったんです」
「それはお疲れ様です」
「あ、いえ、…そんな。夜勤といっても俺は受付で座ってるだけなんで」
 照れ臭そうに笑ったイルカが鼻を横切る古傷を軽く擦る。彼の癖だ。
「偶然でも会えて良かったです。カカシさん、任務頑張って下さい。御武運を祈ってます」
「ありがとう。俺もイルカ先生に会えて良かったです」
 見送るのは門番のみと思っていたので、カカシは柄にもなく普段は信じない神にこっそりと感謝した。
「あ、そうだ!良かったら、これ貰って下さい」
「え…?」
 イルカがポケットから取り出した物を見ると、それは透明なセロハンに包まれた小さなサイコロサイズのチョコレートのようだった。
「小腹が空いた時用に持ってたんですけど、食べなかったので良かったらどうぞ」
 ぽかんとその手のひらに乗ったチョコレートを眺めていると、ふいにイルカが慌てたように手を引っ込める。
「す、すみません。いらないですよね。こんなの」
「あ、待って待って」
 ポケットに戻そうとするのを急いで引き止める。
「違うんです。こうやって気を使って貰うの久しぶりだったから嬉しくて」
 チョコと一緒にイルカの手をぎゅっと握り締めた。
 暖かな手の温もりはイルカの心そのもののようだ。
「う…、あ…。あの、…て、手を」
「ああ、すみません。つい…」
 真っ赤になってうろたえるイルカが可愛くて、抱き締めたい衝動を抑えるのに苦労した。
 何しろつい最近好きだと気付き、告白さえまだな状態だ。
 いい年した男が小娘のような片思いをしている。

「ありがとうございます。これ、いただきます」
 離れがたい想いを隠してそっと手を離す。
 握り締めたチョコレートにはイルカの温もりが残っているような気がした。
「あの…お気をつけて」
「ん。ありがとう」
 にこりと目を細めて頷けば、イルカははにかむような笑顔を向ける。
 離れたくない。でも、予定の時刻は刻々と迫る。
「イルカ先生。帰ったらメシでも食いに行きましょ」
「はい。是非!」
 何度か酒や食事に誘っている。その度に必要以上にドキドキしているなどとイルカは夢にも思わないだろう。
 今はそれでいい。
 笑顔で頷くイルカに向かって軽く手を振り、カカシは雪へ足跡を残すことも忘れて早く任務を終えるために大門へ向かったのだった。



 白い息を吐き、カカシは目的地のドアの前に立つ。
 古い二階建てのアパートはイルカの住居だ。
 人を訪ねるには遅い時間なのは分かっている。灯りが消えているようなら明日出直そう。そう考えてここまで来た。
 果たして灯りは消えていた。
 正直がっかりしたが、日付が変わる寸前なので仕方がない。早朝、出かける前のイルカを捕まえよう。
 静かにドアから離れると、部屋の中から慌てたように動く人の気配がした。
 起こしてしまったことを後悔したが、それと同時に期待もしていた。
 ガチャンと鍵が開く音がして、カカシの期待通りにゆっくりとドアが開く。
 ドアの隙間からイルカの顔が覗いて見えた。
「カカシ…さん?」
「すみません。起こすつもりはなかったんですけど」
「どうしたんですか?」
 カシカシと頭をかきながら、どう切り出そうか悩むカカシの前でドアは大きく開いてサンダルをつっかけたイルカが姿を現す。
 髪を下ろしたイルカを初めて見た。
 ただそれだけのことでカカシの心はときめく。
 本当に今の自分は小娘のようだ。
 部下である桃色の髪の少女が聞いたら、馬鹿にするなと怒るかもなぁと、頭の隅でちらりと考えカカシはじっとイルカを見つめる。
「カカシさん?」
「あなたに、伝えたいことがあったんです」



 任務を終えたカカシが立ち寄った町で見かけたものは、大小様々な甘い匂いのするお菓子の売り場。
 それから、いつだったか部下の少女から聞いた言葉を思い出す。

 2月14日。
 愛を伝える日――。

 あの雪の日に、イルカから受け取ったものをカカシから捧げようとその時に決めた。
 ポケットから四角い箱を取り出し、イルカへと差し出す。
「イルカ先生。俺はアナタを――」


 今までの戸惑いが嘘のように言葉が口から零れ落ちる。
 カカシを見つめるイルカの黒い瞳がとても綺麗だと目を細めていると、イルカの手がカカシの差し出した箱にそっと触れた。
「…カカシさん」
 カカシの手ごと箱を包み込み、イルカが小さく答えを返す。



 そして――



 この日、カカシの恋は成就したのだった。




終


*****


「『挨拶』と『一人』、登場人物が『うつむく』というお題でツイノベを書いてみて下さい。」というお題からお話を書きました。
ものすごいじれったい感じのお話になりましたが、たまにはこういうのもいいかなぁとwww

  • 2011/02/13 (日) 21:56
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