おまじない
深夜にカカシが受付所に顔を出すと、今夜の当番だったらしいイルカが笑顔で出迎えてくれた。同じように笑顔で応えようとしてカカシはおや?と首を傾げる。
「おでこどうしたんですか?」
イルカは規定通りにきっちりと額宛てをおでこを守るように絞めていたが、その下から大きめの絆創膏がはみ出していた。
すると、イルカは慌てて額を隠し、周囲とカカシを窺ってから恥ずかしそうに答える。
「生徒が投げた手裏剣が当たってしまいまして…」
それを聞いてすぐに合点がいった。イルカのことだから生徒を庇って怪我をしたのだろう。アカデミーで使われる武器の類は危険がないように先を潰してあるようだが、至近距離で受けとめればそれなりに怪我を負う。
「…ったく、イルカ先生らしいね」
そう言いながらカカシは手を伸ばしてイルカの額当てを取り外す。イルカは戸惑ったようにカカシを見上げ、カカシの手の中の額宛てを見詰める。
返して貰えないかと言う無言の訴えを感じてはいたが、カカシはその視線をわざと無視して何でもない顔で絆創膏を指差す。
「血が滲んでますよ」
「え?そうですか?」
見えるはずもないのにイルカは頭上を見上げ、片手で絆創膏を押さえる。
「医療忍に診て貰ったんですか?」
「こんなのかすり傷ですよ。絆創膏で充分」
にかっと笑顔で答えるイルカは本当にそう思っているようで、カカシは内心呆れて溜息を吐く。目の前で笑っている男は、自分のことに関しては本当に無頓着すぎる。
ちょっとお灸をすえてあげるべきかもしれない。
さて、どうするか。と考えたカカシはふと浮かんだ悪戯心でイルカの手を引き寄せると、もう片方の手で額に貼られた絆創膏をペリリと剥がす。
「…っ…」
「痛かったですか?」
「い、いえ、大丈夫です」
一瞬顔を顰めたが、すぐに笑顔を見せる。血はとっくに止まっていたが、傷口はまだ粘ついており、凝固してはいないようだ。
「消毒は?」
「えっと…まあ、簡単に」
見上げていた視線が横にそれたのを見て、消毒しなかったんだな、と判断する。
まったくこの人は…。
呆れを隠さず表に出すと、申し訳なさそうにカカシを見上げる黒い瞳とかち合った。
「おまじないしてあげます」
「へ?」
「ほら、先生じっとして」
カカシは口布を下ろし、両手でイルカの頬を押さえて顔を動かせないように固定する。
「え?あ、あの…カカシさん?なにするんですか?」
「ん~?だから、おまじない」
うろたえるイルカへ笑顔を向けて、額の傷口をべろりと舐める。
「ひぇっ!」
びくんと身体が跳ねて、イルカは慌てたようにカカシの腕を引き剥がそうと手を伸ばす。だが、やんわりとそれを払い除けられ行き場を失ったイルカの両手はむなしく空を切る。
「カ、カカシさん…」
泣きそうになったところで、漸くカカシがイルカの傷口を舐めるのをやめた。
「…っ、なに、すんですか」
非難を込めた瞳がカカシを睨むが、向けられた本人はどこ吹く風でにこりと微笑む。
「言ったでしょ。早く傷が塞がるおまじない」
「お、おまじないって…」
「これからはイルカ先生が怪我をするたびに俺が今のおまじないしてあげます」
「…はあ?」
いい考えでしょ?と言われてイルカは目を丸くする。とんでもない申し出に何も言いだせないでいると、カカシは益々笑みを深めてイルカのおでこにちゅっと口付ける。
「言っておくけど、これ命令だから」
笑顔のまま告げられた台詞にイルカはぽかんと口を開けたままカカシを見上げた。
カカシの瞳にはからかいの色はなく、むしろ真面目なものと言っても良いものだった。告げられたことは嘘でも冗談でもないと知る。
もしかしたら、カカシはイルカが自身の怪我の治療をおろそかにしていることを怒っていたのだろうか。
そう考えるに至ってイルカは顔をくしゃりと歪めてカカシへ「すみません…」と謝罪した。
イルカがカカシの意を理解したことを感じたのか、カカシの視線が柔らかくなる。
「うん。あんたは教師なんだから、生徒のお手本にならないとね」
「…はい」
「庇って怪我をするのはこれで最後にしてね」
しょんぼりと項垂れるイルカの頭を撫でてカカシは優しく諭すように言葉を続ける。
「ありがとうございます」
何だか子供扱いだなと思いながらも素直に礼を述べると、カカシは「いいよいいよ」と片手を振って、ポンとイルカの肩に両手を置いた。
「ま、建前は兎も角、おまじないは決行するから」
「へ?」
「また先生が怪我したら、俺がちゅーしに行くから」
「はあ?」
生徒の前だろうが、何処だろうが捕まえて口付ける。
「覚悟してなよ」
「えええ!?」
「嫌だったら怪我しないこと。ね!」
と、小首を傾げて言われては、出かかった文句も引っ込んでしまう。確かに嫌なら怪我をしなければいいのだ。
「それじゃあ、またね」
不承不承頷くとカカシはひらりと手を振り報告書の残して姿を消す。
一人受付所に残されたイルカはカカシさんっていい人だなぁなどと考えていたが、ほんの少しの切り傷にも何処からともなく掛けつけるカカシに貞操の危機を感じるようになるまでそう時間はかからなかった。
終わり
下記のお題から書いたものでした。
『おでこがキーワードの、深夜の任務受付所で傷にキスをするカカイルです。皆が待ってますよ! #こんなカカイルかきます http://shindanmaker.com/198717』
- 2012/05/17 (木) 16:40
- 拍手小話