INDEX 

…チラシの裏的な何か…

 強請る (火照るの続編)

カカシとイルカ4歳差、幼馴染設定。



*****




「昨日は雨で予定が狂いましたが、今日は晴れて良かったですね」
 雲一つない青空を眺め、イルカは隣を歩く同僚に同意を求めた。
 低気圧や前線の影響で、一週間ほどぐずついた天気が続いていたから自然と話題は天気の話になる。昨日など一日中どしゃぶりで予定していた野外演習が全て中止になったため、イルカは今後の予定を組みかえるのに頭を悩ませたばかりだ。
「そうねぇ。ずっと雨だったけど、今夜は絶好のお月見日和よね」
「え?お月見って今日でしたっけ?」
「やあねぇ。男の人ってそういうイベントはすぐ忘れちゃうんだから」
 バレンタインデーには敏感なのに、と言われてイルカは苦笑するしかない。
 コロコロと笑いながら答える年上の同僚は、既婚者で小さな子供もいるから、こういった行事はきちんとするのだそうだ。
 そういえば、イルカが子供の頃は母親があれこれ準備していたなぁ、と懐かしく思う。
「でも、うちの子はお団子の方が気になってるみたいで、いつ買ってくるのかってうるさくて」
「花より団子ですか?」
 いや、この場合は月より団子か。
「そうそう。子供は色気より食い気だから」
 旦那もだけど、という答えにイルカも声を上げて笑う。
 アカデミーと本部棟を繋ぐ廊下を歩きながら他愛もない会話を続けていると、左肩がずしりと重くなった。
「え…?」
「楽しそうですねー。なーんの話題?」
「うわっ!」
 重いと思った左肩に銀髪の上忍の顎が乗っていた。
「カカシさんっ!?」
「久しぶり〜。元気にしてた?」
 晒された右目がイルカの間近で、にこりと細まる。
「あ…。カ、カカシ上忍。お疲れ様です」
 隣にいた同僚のくの一が気配を緊張させて、ぺこりとお辞儀をする。
「はい。どうも」とカカシが軽い調子で応じると、くの一は慌てた様子で「それじゃあ、失礼しますね」と言ってそそくさと事務方が詰めている部屋へと走って行った。
「あらら。そんなに怖がらなくてもいいのに」
「そりゃあ、いきなり目の前に高名な上忍が現れれば驚きますよ」
「何それ、嫌味?」
「嫌味を言われるようなことしたんですか?」
 つーん、とそっぽを向いたイルカが平坦な声でそんなことを言った。
「…えっとぉ…ごめんね?」
「謝るようなことしたんですか?」
 やはりイルカはカカシを見ようとしないで、つっけんどんに答える。
 気配は先程よりも剣呑なものに変わり、カカシは内心冷や汗をかきながら、状況をどう打開すればいいのか頭を悩ませる。
「…イルカせんせ?」
「…………」
「……イルカ…」
 乗せたままだった顎を持ち上げ、カカシはイルカの両肩に手を乗せ覗き込む。
 イルカは相変わらずそっぽを向いたままで、それが酷く寂しい。
「心配掛けてごめんね」
 言いたくても言えなかった言葉を告げると、イルカの瞳にぶわりと涙が盛り上がる。
「馬鹿野郎っ…心配するに決まってるだろっ」
 ぐしっと鼻をすすりながらイルカが両目を袖口で隠す。
 1ヶ月前、慌ただしく任務に出掛けたカカシは、任務終了後チャクラ切れを起こし意識不明の状態で帰還した。
 状況が状況のため病院関係者以外は面会謝絶で、イルカはカカシの顔を見ることも叶わなかったのだ。
「泣かないで。イルカ…」
「っ、泣いてない」
 意地っ張りな幼馴染は両目をごしごしと擦って、顔を隠すようにして歩き出す。
「イルカ!」
 慌ててイルカの腕を掴んで振り向かせ、そっと頬を撫でて顔を上げさせる。
 涙こそ出ていなかったが、擦りすぎた所為か目の縁が赤くなっていた。
「…無茶するなっていったよな…」
「うん。ごめん。でも聞いて」
 ぐっと身体を引き寄せイルカを腕の中に抱き込むと、カカシはほぅと息を吐き出しイルカの頬に自分のそれを擦り合わせる。
「無茶をするつもりなんてなかった。必要だったから写輪眼を使ったし、俺にとって最善の策を練って実行したつもりだ」
「…っ、そんなの、分かってる」
 イルカだって戦忍だった時期があるから、どんなにランクが低い任務でも予測のつかない事態に陥ることがあることも十分承知している。ましてやカカシの請け負う任務はAランク以上のものばかりなのだ。
 殆どの場合無傷で帰還するとはいえ、重篤な時もあれば今回のようにチャクラ切れで入院することだって少なくはない。 
 カカシが入院したと耳にする度、受付に入る情報でしかカカシの安否を知ることが出来ない今の自分の立場が、イルカは歯痒くて仕方がないのだ。
 こんなのは只の我が儘だ。
 分かっているのに、カカシに八つ当たりをしてしまった。
「…ごめんなさい」
「何でイルカが謝るのさ」
 イルカの背中をカカシがポンポンと軽く叩き、優しく宥めるように撫でて来る。
 こんな時にイルカは自分が小さな子供みたいにカカシに甘え、甘やかされているのだと自覚してほんの少し落ち込む。
「……お帰りなさい。無事で良かった…」
「うん、ただいま」
 カカシの背中に両手を回すと、カカシが嬉しそうに笑う。
 カカシの方こそもっと甘えてくれてもいいのに、イルカはいつもカカシが里へ戻ってくる度にそんなことを考える。
「ね、遅くなったけど誕生日のお祝いしてよ」
 そういえば、任務に出る前にそんな約束をしていた。
「冷凍の秋刀魚で良ければ…」
「やった。じゃあ、折角だから月でも見ながら食べようか」
「……いつから聞いてたんだよ」
「あっ、ケーキの代わりにお月見団子ってのも良いよね〜」
 誤魔化すように言葉を続けるカカシを軽く睨みながら、イルカは仕方がないなぁと口元を綻ばせる。
「じゃあ、ススキはカカシさんが摘んで来て下さいね」
 甘えて欲しいと思ってるくせに、照れくさくてついそんなことを強請ってしまう。
「もちろん!あ、お酒も買わなくちゃね」
(まあ、いいか。嬉しそうだし)
 あれこれと準備するものを羅列するカカシの横顔を眺めて、イルカはやっと心からカカシの無事を喜んだのだった。





-----

カカ誕とお月見がごっちゃですw



 火照る (口づけの続編)

カカシとイルカ4歳差、幼馴染設定。



*****




「任務、ですか…」
「うん。2週間ぐらいかな。五代目も人使いが荒いよね〜」
 アカデミーにいたイルカを捕まえて、これから任務で今すぐ出立する旨を伝えると、イルカは心なしかしょんぼりとした様子で俯いた。
 イルカが俺の誕生日を祝うためにあれこれ準備していたのを知っていたので、悪いなぁと思うと同時に、俺自身も酷くがっかりしていた。何で俺の誕生日に重なるかなぁ。
 一応、ごねたんだけどね〜。「さっさと終わらせればいい話しだろ!」と、どやされ執務室から追い出されてしまった。
 簡単に言ってくれるよね。移動だけで往復6日もかかるというのに。
 一人ならなんとでも出来るけど、今回は小隊を率いて任務にあたらねばならないので、移動速度を早めるにも限界がある。
「なるべく早く帰るからね〜」
 目の前のイルカの頭を撫でながらそう答えると、口を引き結んだイルカがキリッとした表情で俺を見た。
「無理して早く帰ろうとしないで下さい」
 顔を強張らせてイルカがそんなこと言う。

 あらら。
 怒らせちゃったかな?

 イルカは俺が任務で無茶な行動をすることを酷く嫌う。
 以前、早く帰りたいがために帰還予定を大幅に短縮して戻ったことがある。
 三ヶ月はかかるだろうと言われた国境沿いで起こった諍いは、俺が大技を連発して突破口を開いたことで木の葉側の圧勝となった。その結果、木の葉の陣営は一ヶ月ぐらいで里へ帰還することが出来たのだが、俺はチャクラを大量に消費した所為で里に戻ると同時に病院送りになった。
 イルカの誕生日を里で祝いたかったから頑張ったんだけど、結局誕生日当日は俺の病室で過ごす破目となって、イルカからしこたま怒られたのだ。
 ぼろぼろと涙を零すイルカが可哀想で、俺は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
 喜ばせたかっただけなのに、逆に泣かせてしまったのだ。
 イルカを悲しませるのは本意ではないので、俺は何度も謝罪して退院してから暫くはイルカを甘やかして過ごした。しかし、どんなにチャクラを制限しても写輪眼を使わねばならない任務もある。里へ生きて戻るためには出し惜しみなどしている場合ではない。
 イルカもそのあたりの事情は分かっているのだろう。無茶をして怪我をすれば怒りはするが、出立前は無理はするなと言うだけで、それ以上のことは言って来ない。
 俺も口には決して出さなかったが、イルカがアカデミーに配属される前、長期の里外任務に就いていた時は気が気ではなかった。
 イルカまで喪ったら、俺はきっとまともではいられなくなる。
 俺と同等とまでは言わないが、子供の時分に両親を喪ったイルカも同じ気持ちを抱えているのだと思う。

「大丈夫。今回の任務は移動に時間がかかるだけで、任務内容自体は大したことないもん」
「何が、ないもん、だ!そういう考えが油断を招くんだよ!」
 口を尖らせ、イルカが上目遣いで俺を睨む。
 無意識なんだろうけど、口調が砕けたものに変わっている。
「ホントに…無理すんなよ…」
 黒い瞳を潤ませ、イルカが俺のベストの裾をきゅっと掴む。

 うわ!それ反則!
 可愛すぎるから!!

 俺以外の前ではやめて欲しい。
 周囲に人がいなくて本当に良かった。
「うん。分かってる。無理はしない」
 イルカの身体を引き寄せ、ぎゅっと腕の中に抱き込む。
 宥めるように背中を撫で、イルカのこめかみにちゅっと音を立てて口付ける。
「だから、遅くなっても俺の誕生日は祝ってね」
 子供みたいにそう強請ると、イルカはニカリと悪戯っ子みたいな顔で笑うと、「当たり前だ」と言って俺の頬に唇を押しつけた。
 一瞬、何をされたのか理解出来なかった。
 理解すると同時に身体がカーッと熱くなる。
 俺から口付けることはあっても、イルカからなんてもしかしたら初めてじゃないか?
「初物の秋刀魚でお祝いしてやるよ」
「……っ」

 ああ、本当に勘弁して欲しい。
 我慢出来なくなるでしょ。

 行きたくないなぁと思っても俺は骨の髄まで忍だ。使役鳥が上空から俺を呼ぶ。
「じゃあ、行って来ます」
「うん。気をつけて」
 火照る身体を持て余しながら、瞬身を使ってイルカの傍から離れる。


 風を切り、木々を渡りながら想うのはイルカのこと。
 怒られてもいい。早く帰ろう。
 そして、イルカを腕に抱きしめ、この燃え滾るような身体の熱を分け与えるのだ。





-----

実はまだ清い関係だったりするw



 口づけ (触れるの続編)

カカシとイルカ4歳差、幼馴染設定。



*****




「父さん、何処へ行くの?」
「友達のところだよ」
 当時、4歳だった俺は既にクナイを握って戦場に立っていた。
 戦力にはほど遠かったけど、それでも俺の存在は奇異なものだったのだろう。
 父と一緒に任務に出るのは嬉しくて誇らしかったが、大人達の視線はあまり良いものではなかった。
 その日、朝から出かけていた父が紙袋を抱えて戻ってくるなり出かけるぞ、と俺に声を掛けて来た。
「任務なの?」
「違うよ。赤ちゃんを見に行くんだ」
「赤ちゃん?」
 任務で何度か会ったことのあるうみのさんに子供が生まれたのだと言う。
 うみのさんは他の大人達とは違って俺を嫌な眼で見たりしなかった。いつも笑って俺の頭を撫でて来る。
 赤ん坊には興味などなかったけれど、父さんが嬉しそうに笑っていたので、俺は「ま、いいか」と考えて大人しくついて行くことにした。


「ほら、息子のイルカだよ」
 小さな布団に寝かされていた赤ん坊を見せられ、俺は恐る恐る覗き込んだ。赤ん坊を見るのは初めてだったのだ。
 真っ黒な髪に真っ黒な瞳。
 眼球の白い部分は青みがかっていて驚くほど綺麗だった。
 戦場で出会う大人は濁った眼で自分を見ていたが、目の前の赤ん坊は澄んだ瞳でカカシをじっと見つめる。
 ふっくらとした頬はピンク色でとても柔らかそうだ。
 触っていいものかもじもじしていると、奥さんだと紹介された女性が「抱っこしてみる?」と聞いて来た。
「いいの?」
「いいわよ。イルカもカカシくんに興味津々みたいだし」
 おかしそうに笑って赤ん坊を抱き上げた女性が、落とさないようにね、と言ってカカシの腕の中に赤ん坊を渡す。
 両腕にずしりとした重みを感じて吃驚する。
 意外と重いんだなぁと思いながら赤ん坊を覗き込むと、赤ん坊は嬉しそうな笑顔で俺の頬に手を伸ばして来た。
「イルカ、お兄ちゃんに抱っこして貰って良かったわねぇ」
「どれどれ?お、イルカぁ〜上機嫌だな」
 うみのさんも覗き込んで来て、俺に抱っこされてはしゃぐ赤ん坊の頬を突く。
 父さんもにこにこと笑って俺達を眺めていた。
 何だかとても不思議な気分だった。ほわほわと温かくて、それはみんな腕の中の赤ん坊を中心に広がっていた。
「…イルカ?」
 名前を呼ぶとイルカはキャッキャと笑って俺の顎や頬を触る。

 可愛い―。

 それはとても素直な感想だった。
 可愛くて可愛くて手放したくなくて、イルカを家へ連れて帰る、と散々駄々をこねて結局その日は父さん共々うみの家に泊まることになった。
 後で聞いたところによると、父さんは俺の言いだした我儘に初めこそ驚いたけど、年相応ともいえる反応がとても嬉しかったのだとうみのさんに語ったそうだ。 
 戦場に連れ出すことを決めたのは父だったが、父なりに俺のことを心配していたらしい。
 そんな出会いから俺は里に居る時は頻繁に、それこそ毎日のようにイルカへ会いに行った。
 イルカと遊んで、喧嘩して、本当の兄弟のように過ごした。
 あの日、父さんが亡くなるまで――


 ふと目覚めると目の前にイルカの寝顔が見えた。
 赤ん坊ではない。成人したイルカがカカシの方に顔を向けて無防備に眠っていた。

 ぷぷっ、よだれ垂れてるよ。

 腕を伸ばして指先で拭き取ってやると、イルカはむにむにと唇を動かし、眠ったままふにゃっと笑顔を見せる。
 昔と変わらぬイルカの笑顔に俺の顔も綻ぶ。
 起こさないように注意して投げ出されたイルカの手に指を絡めると、きゅっと握り込んで来た。

 疎遠になっていたイルカとの交流が再開されたのは、オビトが亡くなってからだ。
 俺の一番苦い過去の記憶。
 あの日、ボロボロになって帰還した俺を待ち構えていたのはイルカだった。
 大門の前で待ってたイルカは、泣きだす一歩手前みたいにくしゃりと顔を歪め、それから笑顔を浮かべて「おかえり」と抱き付いて来た。
 父さんが死んでからずっと邪険にして来たというのに、イルカはまだ俺を受け入れてくれるのか。腰にしがみ付いたイルカの小さな背中をそっと撫でて、俺はまだやりなおせるのかなぁと考えていた。


 あれから俺にもイルカにも色んな出来事がこの身に降りかかった。
 守れなかった約束を幾つ重ねただろうか。
 握り込んだイルカの手はあの頃のように小さくはないけれど、これだけは誓うよ。
 もうこの手だけは離さない。イルカを脅かすすべてのものから、俺はお前を守り抜く。
 オビトを喪い写輪眼を得たあの苦い経験を俺は繰り返したりしない。

 だから、お前だけは側にいて。
 それがどうしようもないほど愚かで馬鹿だった俺の――最後で唯一の願い。
 穏やかなイルカの寝息を聞きながら、俺は静かに息を吐き出す。瞼を閉じるとオビトに貰った左目からぽろりと涙が零れた。

 哀しい涙ではなかった。
 温かな雫。

 握り締めたイルカの手を胸元へ引き寄せ、俺は祈るようにそっと口付けを落とした。





 触れる

カカシとイルカ4歳差、幼馴染設定。



*****



「ねぇ、カカシ。この後、暇なんでしょ?付き合わない?」
「ん〜?そうでもないんだよねぇ〜」
「も〜。すぐそれなんだからぁ」
 馴れ馴れしく声を掛けてすり寄って来たくの一を適当にいなし、俺は読んでいた本から視線を上げる。
 慣れ親しんだ気配が騒々しく上忍待機所に近付いて来るのが分かったからだ。
「カカシったら〜」
 口布の下でにんまりと口元を緩めた俺の隣で先程のくの一がしつこく声を掛けて来る。
 ウザイな、この女。
 腕に触れようとして来るのを持ってた本で遮り、「悪いけど静かにしてくれる?」と告げる。
 名前も知らないくの一は一瞬ひるんだようだが、みるみるうちに眉を吊り上げ怒りを露わにした。
 どうやらプライドを甚く傷つけたようだ。
 俺から言わせて貰えば、胸は大きいけど顔は十人並みなんだけどね。好みのタイプでもないし。
 女は何やら金切り声を上げて怒鳴っていたが、俺はそれを全て無視して掴みかかろうとして来る女の手を本で払う。
「俺に触るな」
 どうでもいい女の相手をしている暇はない。最優先するべき相手がすぐ近くまで来ているのだ。迎え入れる準備をしなくては。
 俺はひょいっとソファから立ち上がり、逸る気持ちを抑えながら出入口のドアまで近付く。
 耳を欹てるとドタドタと忍びにあるまじき足音が聞こえる。
 お。来た来た。
「カカシさん!」
「はい。なんですか?」
 ガラッとドアを開けて怒鳴り込んで来たイルカを両手を広げて待ち構える。
 ぎょっとした顔でたたらを踏んだイルカが、勢い余って俺の胸に倒れ込んで来た。
「情熱的だなぁ。そんなに俺に会いたかった?」
「なっ!…違っ」
 ぎゅーっと力を込めて抱きしめると、真っ赤な顔をしたイルカがじたばたと暴れる。
 可愛いなぁ。
 赤ん坊の頃から知っているが、イルカは幾つになっても可愛い。
「ちょっ、苦しい…っ、離せ馬鹿っ!」
 いつもは階級も立場も違うから、と人前では敬語で話すイルカだったが、今はそのことも忘れているようで二人きりの時のような乱暴な口調に戻っている。
 うんうん。イルカはこれくらい生きが良くないとね。
「どうしたの?上忍待機所に来るなんて珍しいよね」
 ぎゅむぎゅむと抱きしめたまま首を傾げて訪ねると、「あっ!」と声を上げて俺の胸座を掴んで来た。
「カカシさん!また俺のガキの頃の話したでしょっ!」
「ん〜?したかなぁ?したかもねぇ」
 へらりと笑ってとぼけてみせれば、イルカはわなわなと身体を震わせ、俺の身体をガクガクと揺さぶりながら、ばかーとかあほーとか叫んで怒った。俺はというと、イルカの反応が可愛いのでされるがままだ。
「だって、聞かれたから教えただけだよ?」
 俺とイルカは、所謂、幼馴染というやつだ。
 親同士が親しかったこともあり、当時4歳だった俺は赤ん坊だったイルカの子守を良く任されていた。
 オムツを替えたりミルクを飲ませたり、離乳食だって作って食べさせたこともある。
 イルカの母親が忙しい人だったので、半分くらいは俺の手で育てたといっても過言ではない。
「カカシくんなら安心して任せられるわ」などと褒められて俺は鼻高々だったが、あれって上手い具合に使われていたのではないかと今では疑っている。ま、イルカの世話は楽しかったからいいんだけどね。
 イルカは子供の頃の話をされるのを嫌がる(ものすごく恥ずかしいらしい)が、俺はやめるつもりはない。
 そもそも、俺がイルカのことを周囲に話すようになったのは、それなりに事情があってのことだ。
 子供の頃から続くイルカと俺の関係は、今では知る者も少ない。殆どが鬼籍に入ってしまったからだ。そのせいで一緒に行動する姿を不思議に思った一部の奴らが何を思ったのかイルカに絡んだりするようになった。それがそもそもの発端だ。
 イルカにちょっかいをかける奴らの牽制も含め、俺とイルカが幼馴染であることをそれとなく広めるため、俺はわざと待機所や受付などでイルカのことを話す。ま、実際は話したくて話すだけなんだけどねー。
「…だからって、…オネショをしたことまで話さなくても…」
 ごにょごにょと次第に小さくなっていくイルカの声を最後まで聞き取り、俺はイルカが怒った理由に気付く。
「もしかして、紅にからかわれた?」
 何の話の流れだったか忘れたが、昨日の昼間、紅にまだ小さかったイルカがオネショをして怒られた話をしたことがある。多分、それを受付で聞かれたのだろう。
「…………」
 真っ赤な顔でイルカが黙りこむ。その様子は肯定を意味する。
 うん。これは俺が悪かった。
 成人男性が年上の奇麗なオネーサンからオネショの話を持ち出されるのはかなり恥ずかしかっただろう。
「ごめんごめん。兄ちゃんが悪かった。焼き肉奢ってやるから機嫌なおしてよ」
 頭を撫でながらそういうと、イルカは憤慨した様子で「カカシさん!食いもんで釣れば機嫌なおると思ってるでしょ!」と唇を尖らせた。
「ん?じゃあ、奢りはなしでいいの?」
 そう訊ねると、イルカはぐっと口籠り、ちらっと視線を逸らしながら口を開く。
「一番高い肉じゃないとヤです」
 イルカはあまり我儘を言わない。甘えることもしないけど、たまに俺に対してだけはこうして可愛い我儘を言う。
「はいはい。最高級のお肉を食べに行こうね」
 まだちょっと不貞腐れているようだけど、イルカはこっくりと頷いて「もう、ああいう話はしないで下さいよ!」と念を押した。
 まあ、オネショの話はもうしないけど、イルカと俺が子供の頃からどれだけ仲が良かったかは、これからも知らしめるつもりだ。イルカがどんなに怒っても。
 今回、イルカが怒鳴り込んで来たおかげで、逆に周囲へ仲良しアピールが出来たので俺としてはしてやったりだ。
「何、にやにやしてんですか!」
 良からぬことを考えてると思ったのか、咎めるようにしてイルカが俺の両頬を抓る。
 こんなことを許すのもイルカだけだ。
 先程、俺にしつこく纏わりついていた女が俺達のやり取りを見てぽかんとした顔をしている。
「イルカとご飯食べるの久しぶりだから、楽しみだなぁと思っただけだよ」
 にっこりと笑ってもう一度イルカの頭を撫でる。嫌がりながらも照れくさそうに笑うイルカに俺の頬も緩む。
 そう、俺に触れていいのはイルカだけ。
 だから俺にもう触るんじゃないよ、と周囲の女達に言葉ではなく態度で教えてやった。







MOMO'S WEB DESIGN
mo_memory Ver2.00