カカシとイルカ4歳差、幼馴染設定。
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「父さん、何処へ行くの?」 「友達のところだよ」 当時、4歳だった俺は既にクナイを握って戦場に立っていた。 戦力にはほど遠かったけど、それでも俺の存在は奇異なものだったのだろう。 父と一緒に任務に出るのは嬉しくて誇らしかったが、大人達の視線はあまり良いものではなかった。 その日、朝から出かけていた父が紙袋を抱えて戻ってくるなり出かけるぞ、と俺に声を掛けて来た。 「任務なの?」 「違うよ。赤ちゃんを見に行くんだ」 「赤ちゃん?」 任務で何度か会ったことのあるうみのさんに子供が生まれたのだと言う。 うみのさんは他の大人達とは違って俺を嫌な眼で見たりしなかった。いつも笑って俺の頭を撫でて来る。 赤ん坊には興味などなかったけれど、父さんが嬉しそうに笑っていたので、俺は「ま、いいか」と考えて大人しくついて行くことにした。
「ほら、息子のイルカだよ」 小さな布団に寝かされていた赤ん坊を見せられ、俺は恐る恐る覗き込んだ。赤ん坊を見るのは初めてだったのだ。 真っ黒な髪に真っ黒な瞳。 眼球の白い部分は青みがかっていて驚くほど綺麗だった。 戦場で出会う大人は濁った眼で自分を見ていたが、目の前の赤ん坊は澄んだ瞳でカカシをじっと見つめる。 ふっくらとした頬はピンク色でとても柔らかそうだ。 触っていいものかもじもじしていると、奥さんだと紹介された女性が「抱っこしてみる?」と聞いて来た。 「いいの?」 「いいわよ。イルカもカカシくんに興味津々みたいだし」 おかしそうに笑って赤ん坊を抱き上げた女性が、落とさないようにね、と言ってカカシの腕の中に赤ん坊を渡す。 両腕にずしりとした重みを感じて吃驚する。 意外と重いんだなぁと思いながら赤ん坊を覗き込むと、赤ん坊は嬉しそうな笑顔で俺の頬に手を伸ばして来た。 「イルカ、お兄ちゃんに抱っこして貰って良かったわねぇ」 「どれどれ?お、イルカぁ〜上機嫌だな」 うみのさんも覗き込んで来て、俺に抱っこされてはしゃぐ赤ん坊の頬を突く。 父さんもにこにこと笑って俺達を眺めていた。 何だかとても不思議な気分だった。ほわほわと温かくて、それはみんな腕の中の赤ん坊を中心に広がっていた。 「…イルカ?」 名前を呼ぶとイルカはキャッキャと笑って俺の顎や頬を触る。
可愛い―。
それはとても素直な感想だった。 可愛くて可愛くて手放したくなくて、イルカを家へ連れて帰る、と散々駄々をこねて結局その日は父さん共々うみの家に泊まることになった。 後で聞いたところによると、父さんは俺の言いだした我儘に初めこそ驚いたけど、年相応ともいえる反応がとても嬉しかったのだとうみのさんに語ったそうだ。 戦場に連れ出すことを決めたのは父だったが、父なりに俺のことを心配していたらしい。 そんな出会いから俺は里に居る時は頻繁に、それこそ毎日のようにイルカへ会いに行った。 イルカと遊んで、喧嘩して、本当の兄弟のように過ごした。 あの日、父さんが亡くなるまで――
ふと目覚めると目の前にイルカの寝顔が見えた。 赤ん坊ではない。成人したイルカがカカシの方に顔を向けて無防備に眠っていた。
ぷぷっ、よだれ垂れてるよ。
腕を伸ばして指先で拭き取ってやると、イルカはむにむにと唇を動かし、眠ったままふにゃっと笑顔を見せる。 昔と変わらぬイルカの笑顔に俺の顔も綻ぶ。 起こさないように注意して投げ出されたイルカの手に指を絡めると、きゅっと握り込んで来た。
疎遠になっていたイルカとの交流が再開されたのは、オビトが亡くなってからだ。 俺の一番苦い過去の記憶。 あの日、ボロボロになって帰還した俺を待ち構えていたのはイルカだった。 大門の前で待ってたイルカは、泣きだす一歩手前みたいにくしゃりと顔を歪め、それから笑顔を浮かべて「おかえり」と抱き付いて来た。 父さんが死んでからずっと邪険にして来たというのに、イルカはまだ俺を受け入れてくれるのか。腰にしがみ付いたイルカの小さな背中をそっと撫でて、俺はまだやりなおせるのかなぁと考えていた。
あれから俺にもイルカにも色んな出来事がこの身に降りかかった。 守れなかった約束を幾つ重ねただろうか。 握り込んだイルカの手はあの頃のように小さくはないけれど、これだけは誓うよ。 もうこの手だけは離さない。イルカを脅かすすべてのものから、俺はお前を守り抜く。 オビトを喪い写輪眼を得たあの苦い経験を俺は繰り返したりしない。
だから、お前だけは側にいて。 それがどうしようもないほど愚かで馬鹿だった俺の――最後で唯一の願い。 穏やかなイルカの寝息を聞きながら、俺は静かに息を吐き出す。瞼を閉じるとオビトに貰った左目からぽろりと涙が零れた。
哀しい涙ではなかった。 温かな雫。
握り締めたイルカの手を胸元へ引き寄せ、俺は祈るようにそっと口付けを落とした。
終 |