カカシとイルカ4歳差、幼馴染設定。
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「ねぇ、カカシ。この後、暇なんでしょ?付き合わない?」 「ん〜?そうでもないんだよねぇ〜」 「も〜。すぐそれなんだからぁ」 馴れ馴れしく声を掛けてすり寄って来たくの一を適当にいなし、俺は読んでいた本から視線を上げる。 慣れ親しんだ気配が騒々しく上忍待機所に近付いて来るのが分かったからだ。 「カカシったら〜」 口布の下でにんまりと口元を緩めた俺の隣で先程のくの一がしつこく声を掛けて来る。 ウザイな、この女。 腕に触れようとして来るのを持ってた本で遮り、「悪いけど静かにしてくれる?」と告げる。 名前も知らないくの一は一瞬ひるんだようだが、みるみるうちに眉を吊り上げ怒りを露わにした。 どうやらプライドを甚く傷つけたようだ。 俺から言わせて貰えば、胸は大きいけど顔は十人並みなんだけどね。好みのタイプでもないし。 女は何やら金切り声を上げて怒鳴っていたが、俺はそれを全て無視して掴みかかろうとして来る女の手を本で払う。 「俺に触るな」 どうでもいい女の相手をしている暇はない。最優先するべき相手がすぐ近くまで来ているのだ。迎え入れる準備をしなくては。 俺はひょいっとソファから立ち上がり、逸る気持ちを抑えながら出入口のドアまで近付く。 耳を欹てるとドタドタと忍びにあるまじき足音が聞こえる。 お。来た来た。 「カカシさん!」 「はい。なんですか?」 ガラッとドアを開けて怒鳴り込んで来たイルカを両手を広げて待ち構える。 ぎょっとした顔でたたらを踏んだイルカが、勢い余って俺の胸に倒れ込んで来た。 「情熱的だなぁ。そんなに俺に会いたかった?」 「なっ!…違っ」 ぎゅーっと力を込めて抱きしめると、真っ赤な顔をしたイルカがじたばたと暴れる。 可愛いなぁ。 赤ん坊の頃から知っているが、イルカは幾つになっても可愛い。 「ちょっ、苦しい…っ、離せ馬鹿っ!」 いつもは階級も立場も違うから、と人前では敬語で話すイルカだったが、今はそのことも忘れているようで二人きりの時のような乱暴な口調に戻っている。 うんうん。イルカはこれくらい生きが良くないとね。 「どうしたの?上忍待機所に来るなんて珍しいよね」 ぎゅむぎゅむと抱きしめたまま首を傾げて訪ねると、「あっ!」と声を上げて俺の胸座を掴んで来た。 「カカシさん!また俺のガキの頃の話したでしょっ!」 「ん〜?したかなぁ?したかもねぇ」 へらりと笑ってとぼけてみせれば、イルカはわなわなと身体を震わせ、俺の身体をガクガクと揺さぶりながら、ばかーとかあほーとか叫んで怒った。俺はというと、イルカの反応が可愛いのでされるがままだ。 「だって、聞かれたから教えただけだよ?」 俺とイルカは、所謂、幼馴染というやつだ。 親同士が親しかったこともあり、当時4歳だった俺は赤ん坊だったイルカの子守を良く任されていた。 オムツを替えたりミルクを飲ませたり、離乳食だって作って食べさせたこともある。 イルカの母親が忙しい人だったので、半分くらいは俺の手で育てたといっても過言ではない。 「カカシくんなら安心して任せられるわ」などと褒められて俺は鼻高々だったが、あれって上手い具合に使われていたのではないかと今では疑っている。ま、イルカの世話は楽しかったからいいんだけどね。 イルカは子供の頃の話をされるのを嫌がる(ものすごく恥ずかしいらしい)が、俺はやめるつもりはない。 そもそも、俺がイルカのことを周囲に話すようになったのは、それなりに事情があってのことだ。 子供の頃から続くイルカと俺の関係は、今では知る者も少ない。殆どが鬼籍に入ってしまったからだ。そのせいで一緒に行動する姿を不思議に思った一部の奴らが何を思ったのかイルカに絡んだりするようになった。それがそもそもの発端だ。 イルカにちょっかいをかける奴らの牽制も含め、俺とイルカが幼馴染であることをそれとなく広めるため、俺はわざと待機所や受付などでイルカのことを話す。ま、実際は話したくて話すだけなんだけどねー。 「…だからって、…オネショをしたことまで話さなくても…」 ごにょごにょと次第に小さくなっていくイルカの声を最後まで聞き取り、俺はイルカが怒った理由に気付く。 「もしかして、紅にからかわれた?」 何の話の流れだったか忘れたが、昨日の昼間、紅にまだ小さかったイルカがオネショをして怒られた話をしたことがある。多分、それを受付で聞かれたのだろう。 「…………」 真っ赤な顔でイルカが黙りこむ。その様子は肯定を意味する。 うん。これは俺が悪かった。 成人男性が年上の奇麗なオネーサンからオネショの話を持ち出されるのはかなり恥ずかしかっただろう。 「ごめんごめん。兄ちゃんが悪かった。焼き肉奢ってやるから機嫌なおしてよ」 頭を撫でながらそういうと、イルカは憤慨した様子で「カカシさん!食いもんで釣れば機嫌なおると思ってるでしょ!」と唇を尖らせた。 「ん?じゃあ、奢りはなしでいいの?」 そう訊ねると、イルカはぐっと口籠り、ちらっと視線を逸らしながら口を開く。 「一番高い肉じゃないとヤです」 イルカはあまり我儘を言わない。甘えることもしないけど、たまに俺に対してだけはこうして可愛い我儘を言う。 「はいはい。最高級のお肉を食べに行こうね」 まだちょっと不貞腐れているようだけど、イルカはこっくりと頷いて「もう、ああいう話はしないで下さいよ!」と念を押した。 まあ、オネショの話はもうしないけど、イルカと俺が子供の頃からどれだけ仲が良かったかは、これからも知らしめるつもりだ。イルカがどんなに怒っても。 今回、イルカが怒鳴り込んで来たおかげで、逆に周囲へ仲良しアピールが出来たので俺としてはしてやったりだ。 「何、にやにやしてんですか!」 良からぬことを考えてると思ったのか、咎めるようにしてイルカが俺の両頬を抓る。 こんなことを許すのもイルカだけだ。 先程、俺にしつこく纏わりついていた女が俺達のやり取りを見てぽかんとした顔をしている。 「イルカとご飯食べるの久しぶりだから、楽しみだなぁと思っただけだよ」 にっこりと笑ってもう一度イルカの頭を撫でる。嫌がりながらも照れくさそうに笑うイルカに俺の頬も緩む。 そう、俺に触れていいのはイルカだけ。 だから俺にもう触るんじゃないよ、と周囲の女達に言葉ではなく態度で教えてやった。
終 |