やっぱり愛でしょ





「イルカせんせー!おめでとー!」


 部屋のドアを開けた途端、スパパパパーン!という破裂音が聞こえ、目の前にひらひらと紙テープが落ちて来た。
「…カカシ先生…」
「お帰り、せんせ。今日は俺特製のビーフシチューです。朝から煮込んだ自信作。ケーキも頑張って作ったんですよ」
 褒めて褒めてと見えない尻尾を振って、未だ玄関に佇んだままのイルカに、ピンクのエプロンを身に着けたカカシがすり寄って来た。
「ささ、入って入って。疲れたデショ?まずはお風呂にする?ご飯にする?それとも、オ・レ?」


 どげしっ!


「ふぎゃっ!」
 人差し指を自分の唇に当て、くねくねとしなを作る銀髪の上忍の尻に、イルカは思いっきり蹴りを入れる。
「酷い!イルカ先生、何するんですか!」
「カカシ先生、一体何の騒ぎですか…」
 頭に引っ掛かったままの紙テープを無造作に払い落し、イルカはじろりとカカシを睨んだ。
「何言ってるんですか!今日は大事なお祝いの日じゃないですか!」
「お祝い?」
「そうですよ!」
 胡乱な眼でカカシを見下ろすイルカの様子に頓着せず、カカシは唇を尖らせ抗議の言葉を続ける。
「折角、一緒にお祝いしようと休暇をもぎ取って来たのに忘れたんですか?!」
 サンダルを脱いでさして広くもない部屋を覗き込めば、花瓶に生けられた真っ赤なバラが真っ先に目にとまる。部屋の壁にはピンク色の垂れ幕と子供のお誕生会などで見かけるような折り紙で作った鎖で飾り付けがしてあった。
「今日、何かありましたっけ?」
 正月はとっくに過ぎて、節分もつい先日終わったばかりだ。他に二月の行事と言えばバレンタインデーが思い浮かんだが、それも一週間先の話だ。
 もちろん、今日はイルカの誕生日でもなければ、カカシの誕生日でもない。
 それらしい祝い事などとんと思い浮かばず、イルカは不思議そうに首を傾げた。
「っ、酷い…!」
 漫画ならば「ガーン!」という擬音が入りそうな表情でカカシは仰け反り、ふらふらと床にへたり込む。
 がくっと項垂れ「イルカ先生がそんな冷たい人だったなんて…」と悲しげに言葉を絞り出す。
「俺は忘れたことなどなかったのに…。指折りこの日が来るのを楽しみにしてたのに…」
 んな、大袈裟な、とイルカは思ったが、あまりのカカシの嘆きように流石のイルカも申し訳なって来る。
 

「カカシ先生…」
「………」
「すみません…。折角、カカシ先生が忙しい中準備してくれたのに」
 受付も兼務しているので、ここ最近のカカシの忙しさはイルカも良く知っていた。
 休暇を取るのにかなり無理したであろうことも。
「…イルカ先生…」
「忘れちゃって、本当にごめんなさい」
 膝をついて頭を下げるイルカに、カカシも困ったように笑みを浮かべる。
「いいんです。俺が先走って盛り上がっちゃっただけなんで」
 イルカの頬を撫でてカカシが照れくさそうに答える。
「困らせてごめんね?」
「いえ、そんな…」
 ふふふ、と笑いあってちょっと和んだ空気が流れたところで、イルカは気になっていたことを訊ねた。
「で、一体何のお祝い何ですか?」
「も〜、やだな〜!ホントに覚えてないんですか?」
「はあ。すみません…」
 もうしょうがないなぁと呆れ顔のカカシが、続けて放った言葉にイルカの目が点になる。


「何と!今日はイルカ先生と俺が、初めてエッチした記念すべき日なんですよ!」


「………………は?」
「あれからもう一年経ったんですね〜。早いよね〜。あ、早いと言っても俺、早漏じゃないですよ?ま、それはイルカ先生が一番良く知ってるよね〜」
「…………何だって?」
「もう!何度言わせるんですか!イルカ先生のエッチ!」
 背中を思いっきり叩かれ、イルカの眉間にしわが寄る。
「…………カカシ先生」
「やだなぁ。そんなに言わせたいんですか?しょうがないですね〜。もう一度言いますよ?」
 何故か勿体ぶった態度でカカシは一旦言葉を切ると、軽く咳払いをしてから徐に口を開けた。
「俺と、先生が――初めてセックスした日です!」
 きゃっ、と口元に手を当てかわい子ぶるカカシ。はっきり言って可愛くない。
イルカの中で何かがぷつりと音を立てて切れる。


「あほかーーーっっっ!」
「ぎゃいんっ!」


 銀髪の上忍の脳天に、イルカの拳が見事に決まった。



****



「うっうっうっ…酷い…。酷過ぎる。俺には大事なことなのに…っ」
 床に倒れ込んだ姿勢でエプロンを噛み締め、おいおいと泣き崩れるカカシは、里の誉と言われる忍とは思えない姿だ。
「はいはい。すいませんね。風呂入るんでどいて下さい」
 蹲るカカシを跨いで風呂場へ向かい掛けたイルカは、思い出したかのように振り返ってカカシに声をかける。
「カカシ先生」
「……何ですか」
 拗ねて床に転がったまま動かないくせに、構っては欲しいのか律儀に応えるカカシの態度が可笑しくて、イルカはしょうがねぇなー、と腰に手を当て苦笑する。
「お風呂、一緒に入りますか?」
「へ?」
「嫌ならいいです」
 つんとそっぽを向いてイルカはスタスタと風呂場へ向かう。
「い、嫌な訳ないじゃない!入る!入ります!入らせて!」
 ドタバタと上忍らしからぬ物音を立てて、カカシが慌てた様子で追いかけて来る。そんなカカシの姿にイルカの頬が緩む。
「ちなみにお風呂エッチはなしです」
「ええええ〜っ!」
「変なことしやがったら裸のまま外へ放り出します」
 ぎろりと睨まれ、カカシは肩を竦めて口を噤む。
「大人しくしてて下さいよ」
「…は〜い」
 釘を刺せば口の中でぶちぶちと文句を呟きながらも大人しくついて来る。
 早まったかな、と思わなくはないけれど、いつまでもカカシに拗ねられたままでは、イルカだけではなく周囲に迷惑がかかるのは経験済みだ。
 取り敢えず、風呂から出たらカカシ特製のビーフシチューを食べてケーキを切り分けよう。そして、ちょっとぐらいはカカシに優しくしてやっても良い。
 蓋を開けたら口に出すのも馬鹿らしい記念日だったが、イルカのためにと準備をしてくれたカカシの心遣いはそれなりに嬉しかった。



 そんなわけで、



「ま、風呂入ったらこっちのもんだしね〜」と、



 背後でぼそりと呟かれたカカシの台詞を、イルカは聞かなかったことにしてやった。








2010.02.07
無料配布したペーパー用小話です。
初参加のカカイルオンリーでこんなアホ話を配ってましたw





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